夢の世界は、いずれ消え去る。
そう聞いた時に自分がどんな顔をしていたのか、あまり思い出したくはなかった。
「……消え去る、かぁ」
グランマーズの館で御馳走をいただいてから満腹で眠ってしまった仲間達を置いて、バーバラは一人夜空の下を歩いていた。デスタムーアが倒されたせいなのか魔物たちの邪気も抜け、こちらに襲いかかってくる気配は全くなかった。
夢の世界のライフコッドのように、もしかしたら自分も、寝て起きたら消えているかもしれない。そんなことを考えてしまってから、バーバラは眠りにつくのが少しだけ怖くなっている。
「もう会えなくなっちゃうのかな、みんなと」
思わず声に出したら、急に不安になってきた。仲間達は皆現実の世界の人間で、自分だけが夢の世界の人間。バーバラはこの世界にとって、異質な存在なのだ。
消えてしまえば、会うことも喋ることも出来ない。もしかしたら存在自体がみんなの記憶から消されて、無かったことにされてしまうのかもしれない。いつ消えてしまうかもしれないこの状況の中で、明日もいつもどおりに明るく振る舞えるかどうか少し心配だった。
「……今のうちに、みんなにお別れ言わなくちゃ」
それぞれに伝えるべきか、それともみんなの前で一度に伝えてしまうか、どうしようかな。そう考えながらマーズの館へ戻りかけた時、近くの茂みがガサガサと不穏な音を立てた。
(モンスター……よね、やっぱ)
この辺りの敵なら魔法を使うまでもない。魔王を倒した後に使うことはまずないだろうと思っていたが、一応腰に携えたグリンガムの鞭に手をかける。
「お、いたいた」
「へ?」
緊張していた掌が、のんきなその声で緩んだ。茂みから出てきたのは、見慣れた大男だ。
「全く、どこ行ってたんだ?こんな夜遅くに」
「えへへー、ちょっと散歩。なんだか寝付けなくって」
「いくら凶暴な魔物がいなくなったっつっても、夜更かしは感心しないな」
「わーハッサン、その言い方大人みたーい」
「大人だっつの」
コツン、と軽く拳骨を喰らって、バーバラは笑って少し舌を出した。
「ハッサンはどうしてここに?さっきまで大いびきかいて寝てたじゃん」
「あー、ミレーユに起こされたんだ。バーバラがいないから探すの手伝ってくれ、だと」
「そっか……心配かけちゃったよね」
「そうだぞ、あとでちゃんと謝っとけ?」
ごめんごめん、と茶化すように言うと、ハッサンは無言でバーバラの頭を大きな手でわしわしと撫でまわした。
「……?」
「……もしかしたら、ホントに消えたんじゃないかと思ったんだからな」
目が少しだけ怒っている。確かに、今のバーバラの状態で出歩くのは、冗談ではすまされないことだ。
ごめん、ともう一度謝って、バーバラは言葉を続ける。
「もうみんな、気付いてるんだね。あたしがいなくなるってこと」
「……まぁ、アイツを除いて、な」
「やっぱねー」
そう言ってクスクスと笑う。アイツ、というのはもちろん、世界の危機を救ったヒーローで、レイドック王国王位継承位第一位の、例の天然王子のことだ。
「“夢でも現実でも、ターニアはターニアだからね!”だと。呑気なこって」
「ま、アイツらしいっていえばアイツらしいんだけどね」
並んでため息をつくと、今度はハッサンが出てきたのと反対の方の茂みからガサガサと音がした。出てきたミレーユの髪の毛に、何枚か葉っぱが絡んでいる。
「ごめんミレーユ、心配かけちゃって」
「いいのよ、そんなの。見つかってよかったわ」
「おおミレーユ、家出娘を確保したぜ」
「うふふ、ありがとうハッサン」
優雅に微笑むその姿は、旅の当初から変わっていない。バーバラは、見惚れるほどに美しく呆れるほどに優しい彼女が大好きだった。
「あんまり遠くに行ってはダメよ。……最後の時までは、傍にいて頂戴ね」
そう言うと、ミレーユはそっとバーバラを抱きしめた。
「ミレーユ……?」
「……ごめんなさい。カルベローナの話を聞いてから、ずっとわかっていたはずなのに」
ミレーユの声が少し震えている。思わずバーバラは彼女を抱きしめ返した。
“カルベローナは二度滅ぼされた”と言われているように、現実世界のカルベローナは焼き尽くされて跡形もない。バーバラの体も勿論燃えてなくなっているはずだ。器のなくなった魂だけの存在が、いつまでも平然とこの世界にとどまり続けられるはずがない。
「ミレーユは何にも悪くないよ。悪いのはあのデスタムーアで」
「それでも、私の覚悟が足りなかったのは本当のこと。信じたくなかったの、あなたがいなくなってしまうなんて……」
ぎゅう、と腕の力が強くなる。同時に首筋が湿った。ミレーユの涙なのだろうか。
「ねえ、ミレーユ」
「何?」
「ありがとね。あたし、ミレーユのこと大好きだよ」
「うふ。私も大好きよ、バーバラ」
こちらにむかって微笑んだその顔は、涙でゆがんでいる。それなのに美しく見えるミレーユに羨望を覚えながら笑顔を返した。
すると、横から不服そうな声が聞こえてきた。
「何だよ、じゃあ俺のことは好きじゃねえってのか」
「あ、ごめんハッサン」
抱き合う二人の傍で、彼は一人蚊帳の外でむくれていたらしい。
「ハッサンも好きだよ、それなりに」
「それなりにかよ!」
素直に言ってやるのはなんとなく悔しくて、取り繕うふりをする。しかしさらに彼の機嫌を損ねてしまいそうだったので、やはり素直に伝えることにした。
「うーそ。ハッサンのことも大好き」
「よしよし、それでこそ仲間ってもんよ」
それで満足したらしく、ハッサンはバーバラの頭を再び撫でまわす。普段より長く撫でてくれているのは、名残を惜しんでいるからなのだろうか。
少し乱れた髪を直していたら、ミレーユがいたずらっぽく微笑んだ。
「あらあら、なあにハッサン。さっそく浮気?」
「え゛」
「それともこの前聞いた愛の言葉は嘘だったのかしら?」
「いや、ちょっ……!!」
「何それー。ハッサンやっと告白したの?」
「や、やっと、ってお前!!」
「そうよ、指輪と一緒に。彼らしくストレートにね。“ずっと前から好……」
「うわーーー!!待て待て、よせって!!」
「へぇ、結構陳腐なセリフだったのね」
「うるせーほっとけ!!!」
「飾り立てたのよりはマシかも。それじゃハッサンっぽくないし」
「そうねぇ。まあでも、私の方がもっと前から好きだったけれどね」
「え゛」
当然このあと、硬直しきったハッサンが2人にからかい倒されるのは言うまでもなく。
彼が王子として挨拶をしてから30分もたたないうちに、レイドック王国主催の平和式典は穏やかな立食パーティーから飲めや歌えやの大騒ぎに早変わりしていた。
「全く。平和を楽しむお祭りで酔いつぶれてどうするんですか」
医務室に連れ込まれた兵士たちに回復呪文をかけながら、チャモロは呆れてため息をついた。
「れいどっくおうこくばんざーい!」
「こくおうへいかばんざーい!!」
「はいはい、寝てて下さいね」
最初は仲間たちと一緒に楽しくパーティーを楽しんでいたのだが酒の飲みすぎで倒れる兵士が続出し、城内勤務の医師だけでは手が足りないといわれ、やむなくチャモロは酔っ払い共の介抱を手伝っている。おかげでさっきから腹が鳴りっぱなしだ。
「お腹すいたなぁ……」
そうポツリと呟くと、つかれてソファにもたれかかっていた医師がクス、と笑った。
「そろそろ患者の数も減ってきましたし、もうパーティーに戻っていただいて構いませんよ?」
「ホントですか!?」
「ええ。いっぱい食べてらっしゃいな」
「わぁ、ありがとうございます!」
「こちらこそ、手伝ってくれてありがとう」
ぺこ、と頭を下げて、チャモロは急いで中庭へむかう。早く行かなければ、あの大きな七面鳥が誰かに取られてしまうかもしれない。
英雄だろうと子供は子供か、と医師が呟いたのは、チャモロの耳には届かなかったらしい。
通路を通って中庭へ向かう途中、青い鎧が通りかかる。
「あれ、チャモロさんじゃあありませんか」
「アモスさん!」
のんびりとした声でアモスが呼びかける。彼のもつ皿には大きな七面鳥のもも肉が1つ。チャモロの目はそこしか見ていない。
「アモスさん、それ、まだありましたか!?」
「いえ、これで最後ですよ。いやー大変でした、みんな死に物狂いで奪いに来るんですもん。七面鳥に命をかけることになるとはね、ははは」
「えー……」
けらけら笑うアモスとは裏腹に、チャモロはがっくりとうなだれる。一番の楽しみが無くなってしまうとは。……いやまだだ、他にも御馳走はたくさんあったはずです。それすら全滅だなんてことは無いでしょう。
「……他には何か残ってました?」
「そうですねぇ、あとは精々サラダくらいですかねー」
「……うぅ」
あんなに頑張ったのに私だけお預けだなんて、そんなの酷い。うつむきっぱなしのチャモロを見かねて、アモスが手持ちのナイフで綺麗に七面鳥を切り分けた。
「ほら、チャモロさん。半分こしましょう、半分こ」
「……いいんですか?命がけだったのに」
「構いませんよ。七面鳥くらい生きてる内にいくらでも食べられますからねぇ」
そう言ってフォークに刺した七面鳥を、笑顔でチャモロに手渡す。そんな彼に一瞬だけ神々しいものを感じて、ありがたくチャモロがそれを受け取ろうとする。すると七面鳥が、パッと目の前から消えた。
「あれっ!?」
「おーいしそー!いっただっきまーす」
「ああ!バーバラさんっ!!」
華麗なステップで七面鳥を奪い取ったバーバラが、それを一口でまるごと食べてしまった。
「んーおいひぃー。ありがとね、アモスさん」
「酷い、私の分なのにー!」
「まぁまぁいいじゃない。七面鳥なんて生きてる内にいくらでも食べられるんだから」
「……今言われると凄い腹立ちますね、それ」
「はっはっは、じゃあチャモロさん、四分こにしましょう、四分こ」
「なんですか四分こって」
不機嫌なチャモロを楽しそうに眺めるバーバラ。魔法使い同士ウマが合うのか、性格が正反対なのにチャモロとバーバラは姉弟のように仲が良かった。あれだけの楽しみを奪われたというのに、それでも彼女が憎めないのは今までの長い付き合いのせいなのか、それとも彼女の性格のせいなのか。どちらもだろうな、とチャモロは諦めのため息をつく。
アモスの皿に切り分けられた四分の一の七面鳥をつまむ。窓を通して中庭を見ると、大分酒がまわってきているらしいハッサンが、王子の衣装を着た彼に絡んでいる。
「……やっぱり、貴族の服なんて似合いませんね」
「そーね。アイツには旅装束のがお似合いだわ」
「とことん庶民派王子様ですからねぇ」
こちらに気付いたらしい彼が、大きく手を振る。それに笑顔で返すバーバラに目をやった瞬間、チャモロはその“異変”に気が付いた。
「バーバラさん、それ……」
「ぁによー、文句言ったって七面鳥返したげないんだからねー」
「そうじゃなくって!……からだ、が」
「……あぁ、こっちのほうね」
中庭から目を離さないまま、バーバラが声だけ少し寂しげに返した。
チャモロの位置からは死角になっている、兵士宿舎への入り口……彼女がどかなければ見えないはずのそれが、うっすらと“彼女を透して”見えている。
「もうそろそろみたいなの。いくらあたしの魔力が強いからって、そう長時間保てるわけじゃないみたい」
「あと、どの位なんですか?」
「んーとね、3時間あるかないかってとこ。だから目いっぱいパーティー楽しまなくっちゃ」
だから七面鳥の一切れくらい勘弁してよね、と明るく笑い飛ばす。から元気で寂しさをごまかす彼女の癖は、仲間内の誰もが理解していた。
先日バーバラからお別れを言われて覚悟は決めていたから、バーバラの体が透けていることには大して驚かなかった。しかしチャモロの頭には別のことが引っ掛かっている。
「バーバラさん」
「んー何?」
「本当に、彼に黙って行くつもりなんですか?」
「……」
バーバラの事情について、全くと言っていいほど気付いていないあの天然王子。バーバラは、彼に何も告げずに消えるつもりでいる。
「だってバーバラさん、ずっと彼のこと」
「いいのよ、別に。これはアイツに対する報いなんだもん」
「でも」
「ほほう。報いと言うと?」
もちゃもちゃと七面鳥を口に含みながら、チャモロを制するようにアモスが割って入った。そういえば彼の七面鳥の方が若干大きかったような……いえ、そんな場合ではないですね。
「こーんな美少女が長々とアタックしてるってのに、ぜーんぜん気付く気配ないんだもん。逃がした魚はグラコスサイズだったってのを思い知らせてやんのよ」
窓の向こうの能天気な彼は、フランコ兵士長に勧められてワインに手を出している。グラスをあおるその姿の隣には、彼を兄と慕う青髪の少女が笑顔で佇んでいる。
「そうですか。だったら最後の最後に全部ぶちまけちゃった方が、思い知らせられるんじゃないですかねぇ?」
「……そーだけど」
にこにこと笑いながら問い返すアモスの言葉にほんの少し口籠ったバーバラが、ためらうようにして、あのね、と続ける。
「アイツ優しいから。あたしがいなくなるって知ったら、きっと泣くか喚くかしてでも引き留めようとしてくれると思うの。最後に見た顔がそんな顔だなんて嫌だし、それに……あたしだって、泣き顔見せたくないもん」
「だったら!」
堪えるようなバーバラの笑顔に、思わずチャモロは責めるような口調になる。
「……だったら、最後に見た顔が他人に向けた笑顔でもいいんですか。自分の方を向いてくれなくても、いいっていうんですか」
「……」
「私は嫌です、そんなの。どんな顔をしていようと、こっちを向いててほしいです」
もう二度と会えないなら、せめて最後は一番好きだった人と一緒にいてほしいのに、どうして。
しばらく無言だったバーバラは、ふわ、と穏やかに微笑み、泣きそうなチャモロの頭を撫でた。
「ありがと。チャモロは優しいね」
「バーバラさん……」
「でもいいの。もう決めちゃったことだもん」
バーバラの決意は固いらしい。ほんの少し苦しそうな彼女の笑顔にもどかしさを感じる。黙り込んでしまったチャモロを見て、七面鳥を食べ終わったらしいアモスがへらりと笑った。
「まぁ、バーバラさんが後悔しないんならそれでもいいんじゃないですか?」
「でも……」
「……ありがとう、アモスさん」
「そのかわり、向こうに行った時に“やっぱりあの時言っときゃよかったー”なんて思わないでくださいよ。こっちまで後味悪いですからねぇ」
「わかってるって、“全部アモスさんのせいだー”って思うことにするから」
「あー、それ酷いですよー」
アモスにわしわしと頭を撫でられて、バーバラの笑顔が普段通りに明るくなる。バーバラさんが本当にそれでもいいなら、いいんですけれども。
一度くらい玉座に座って女王様気分を味わってみたい、と言っていたバーバラは、一番最後に玉座の間に向かうつもりだったらしい。そろそろ行くね、とバーバラが振り返ろうとした。
行ってしまう。
本当に、これが最後だ。
「あのっ!」
気付けばチャモロは、バーバラのマントの裾を掴んでいた。驚くバーバラに向けてチャモロは、ええっと、と言葉を続ける。
「私、これからはゲントの神様だけじゃなくて、ゼニス様にもお祈りします。祈りが届いた時は、私達のことを思い出して下さいね」
上手く伝えられたかどうかは自信がない。たどたどしかったけれど、自分だってバーバラが大切な存在だと思っていることを伝えたつもりだった。
ぽかんとしていたバーバラだったが、みるみるうちに大きな瞳に涙をためて、顔をゆがめていく。
「わーんチャモロぉぉ!!」
「うわ!?」
思い切り抱きつかれてたたらを踏んだチャモロは、真っ赤になって焦る。
「ちょっ、泣き顔は見せたくないんじゃなかったんですか!?」
「今のは反則よバカぁ、もー大好きー」
「あーあ、泣かせちゃいましたねぇチャモロさん」
「私のせいですか、今の!?」
「真面目なフリして罪な男ですねぇ、はっはっは」
豪快に笑い飛ばすアモスを、全くもう、と困ったように横目で見たチャモロは、しがみついて鼻をすすっているバーバラを慣れない手つきで抱きしめた。
そんな彼が本当に罪な男になるのかどうかは、また別の話。
中庭でダンスパーティーが始まったらしい。安っぽいアコーディオンの音が2階まで聞こえてくる。
窓から下を覗くと、チャモロが幼い女の子に引っ張られて踊らされていたり、ミレーユが見知らぬ兵士と優雅に踊っているのが見えた。娯楽の分野に関して絶望的に不器用なチャモロが思いのほか踊れているのにも驚いたが、姉がハッサンと踊っていないのも意外だった。
そのハッサンはというと、城の傷み具合を見てやると言って2階の通路を確かめているところだ。チラチラと下をうかがっているのが少し可笑しい。気になるならさっさと行って奪い返してこいよ、とテリーは奥手な未来の義兄に呆れる。
馴れ合いの苦手なテリーは当然ダンスパーティーなどに参加する気はなく、平和式典に立ち寄って仲間に顔を見せただけでも十分義理は果たしたつもりでいた。姉とあのボケ王子にくらいは挨拶して帰るか、と雷鳴の剣を担ぎなおす。
ふいに、トントン、と肩を叩かれた。何気なく振りかえる。
すると誰かの人差し指が、ぷに、と頬にささった。
「あはは、ひっかかったー!」
「……」
こんなしょうもない事をする奴を、テリーは一人しか知らない。
「何の用だ、バーバラ」
「べっつにー。一人寂しくカッコつけてる人がいたから、哀れだなーって思ってかまってやりに来ただけ」
「お前にだけは哀れまれたくないな」
「ぁによー、かまってもらえるだけありがたく思いなさいよ!」
「ああそうだな、お前以外なら誰でも大歓迎だ」
「うーわ、かわいくない。本っ当にかわいくない」
そんな風に憎まれ口を叩きながら、バーバラはテリーと並んで中庭のダンスパーティーを眺める。名は忘れたが金髪の男が、アイツの妹のターニアとかいう女と踊っている。
2人はしばらく無言で中庭を眺めていた。その心地いい静寂を破り、先に口を開いたのはテリーだった。やはり触れなければならない。
「……なぁ」
「んー?」
「そろそろ、なのか」
バーバラの体はもうほとんど透けている。別れの時が近付いているのは一目瞭然だ。
「そーね、あと1時間もないと思うわ。何、寂しい?」
「……そうだな、わりと寂しい」
虚をつかれたらしく、悪戯っぽい笑顔が一瞬消える。それを取り繕うようにバーバラは笑いなおした。
「ふふ、何?今日は素直じゃん」
「機嫌がいいからな。今日は特別だ」
「いっつも機嫌が良かったら可愛げあるのにー」
「お前のために可愛げをだすつもりは一切ないからな」
「あーそーですかー。やっぱかわいくないわね、あんた」
そう言ってくすくすと笑う。このしょうもないやりとりが無くなったら張り合いがなくなるな、と思いながらまた中庭をぼんやりと眺めていると、消え入りそうな声でバーバラが呟いた。
「……あたしも、寂しい。消えたくないよ」
声が少し震えている。普段の彼女からは想像もつかないほど弱気な声だ。
「もっとこっちにいたい。みんなと会えなくなるなんていやだ……」
「いや、会えるだろ」
中庭を見ていたバーバラが、涙をためた瞳でこちらを振り返った。
「死に別れるわけじゃない。俺と姉貴だって会えたんだ、生きてりゃそのうち会えるさ」
バーバラとの別れが自分達姉弟とはわけが違うのは、当然わかっていた。それでもテリーは、平然とそう言ってのけてやる。
「……もしかして励ましてる?」
「察しろ。……苦手なんだ、こういうの」
「……今日は随分と機嫌がいいのね?」
「今日は平和式典だからな。浮かれるのも無理はない」
どこをどう見たらアンタが浮かれてるように見えるのよ、とバーバラが吹き出した。
「あはは、そうね、また会える。みんな生きてるんだもん、いつでも会えるわ」
笑いながら、バーバラが涙をぬぐった。そうだ、最後くらいそうやって笑ってろ。
アコーディオンの音色が、手拍子に合わせて盛り上がりに入る。中央でくるくると踊っている奴らにも熱が入っているように見えた。
「あ」
思わず声が出た。いつの間にか踊りの輪に入っていたアイツが金髪の男の手からひょいとターニアを奪い、そして何事もなかったかのような笑顔でターニアと踊り続けている。
「わー、やるぅ」
バーバラが感嘆の声を漏らした。踊る相手のいなくなった金髪は唖然としているが、ターニアの方はというと、一瞬驚いたように見えたがすぐに笑顔になり、奴と一緒に楽しそうに踊っている。
「…………」
「…………」
これは、結構響いたんじゃなかろうか。テリーはさり気なく隣に目をやる。その視線に気が付いたのか、バーバラが苦笑いをした。
「ああも見せつけられたら、逆に清々しいわよね」
「……そうだな」
奴のあまりの能天気さに、というか、あまりの無神経さに少し呆れる。まぁ、バーバラの想いに気付いてすらいないのだから、別に無神経というわけではないのだろうが。……いや、気付かないほどの鈍さがそもそも無神経なのか。
「……なあ、バーバラ」
「なーに?」
「これも励ました方がいいか」
「ホントに機嫌いいのね。何て励ましてくれるか聞かせて?」
「“男なんて星の数ほどいますよ”とか、“クラウド城にもいい男がいるといいですね”とか?」
「何で疑問形よ?」
「言葉の引き出しが少ないんだ、勘弁しろ」
目を合わせずに言う不器用丸出しなテリーに、バーバラが再び吹き出す。
アコーディオンが途絶え、拍手が響く。どうやら一曲終わったらしい。
「……アイツ以上にいい男なんていないもん」
頬杖をついたバーバラが、小さく呟く。
「大体ねぇ、このパーティがいい男ぞろいなのが悪いのよ。道行くそこらの男どもがドロヌーバかマンドラゴラに見えてくるわ」
「いやドロヌーバってお前」
「ハッサンはすっごい頼りがいあってカッコいいし、アモスさんは優しくって面白いし、チャモロは果てしなく可愛いし」
指折り数えながら長所を上げるが、チャモロのそれは本人が聞いたら怒りそうな気がしないでもない。少し区切ってからバーバラは、それに、と付け加えた。
「あんただって、口さえ開かなきゃ世紀の美少年だってのにね」
「悪かったな、口が悪くて」
「全くだわー。その顔にだまされた女の子何人いるのよ?」
「だまされる、なんて人聞きの悪い。向こうが勝手に勘違いしただけだろうが」
「うーわ、サイッテー!女の敵ねあんた!」
そう言ってるわりに楽しそうだな、と言葉では非難轟々なバーバラの笑顔を眺める。
「さて、そろそろ行こうかしらね」
「行くって、何処に」
「玉座の間よ。あのふっかふかのイス、一回でいいから座って見たかったの。今なら王様も王妃様も見張りもいないから、最後にこっそり座っちゃおうかなって」
「……お前、ホント発想が子供な」
「何よぅ、別にいいでしょー」
頬を膨らますバーバラの姿は、もう半分以上消えかかっている。
「それじゃ、バイバイ」
ひらひらと手を振ってバーバラは歩いていく。軽く、あまりにも軽くあっさりと別れを告げるその態度が、少しだけテリーの気に障った。
奴にはあれだけ名残惜しい態度を見せておいて、俺にはそれだけか。
「へ?」
無意識のうちにバーバラの手を取り引き寄せる。さわれるってことは質量自体はあるのか、とどうでもいい事を考えながら、驚いて目を見開く彼女の唇を軽く塞いだ。
「世紀の美少年からの餞別だ。ありがたく思えよな」
呆然と唇を押さえてこちらを見るその表情に、ざまあみろ、と心の中で思う。すれ違いざまに立ち尽くす彼女の頭をぐしゃぐしゃに撫でつけてやった。
そのままテリーが通路に出ようとすると、くい、と服の袖を引っ張られる。
「ありがと、“またね”」
耳元でそう囁いてから、バーバラは玉座の間へと続く階段をパタパタと上って行った。
「……“またね”、ねぇ」
口から出まかせで励ましただけだったが、相手に言われると自然とまた会えるような気がして、テリーは苦笑いを浮かべて通路に出る。
しかしその笑顔はすぐに凍りつくことになる。今度はテリーが呆然とする番だった。
何故気付かなかった。
こちらから見える、ということは、向こうからもこちらが見えているのだ。
「いいもん見せてもらったぜ、テリーよぉ」
ハッサンがにやにやと嬉しそうに笑う。
「いやぁ、青春って甘酸っぱいですねぇ」
アモスがわざとらしい笑みを浮かべる。
「全くもう、テリーったら大胆なんだから」
ミレーユが困ったように微笑む。
「み、見てませんからね!私はなんにも見てないですからねっ!!」
チャモロが赤い顔を隠してバレバレの嘘をつく。
「おま、え、ら……いつから」
中庭ばかりを眺めていて、通路に目をやるのを忘れていた。どうせこちらに気付いたハッサンが呼んだのだろうが、よりにもよって全員集合とは。一体いつからだ。チャモロの様子からして、さっきのキスが見られていたことには違いない。
「まぁ、そう気を落とすなや」
「そうですよー、出会いがあれば別れがあるってもんです」
嬉しそうに勘違いする野郎二人がテリーの肩にポス、と手を置いた。
その表情にカチンときたテリーは無言で雷鳴の剣を抜き、切り裂くつもりで振り払う。しかしどちらも熟練の戦士、おおっと、とおどけて軽く避けられてしまう。テリーの苛立ちはさらに募る。
そして世界を救った勇者は、もっともタイミングの悪い状況でこの場に現れた。
「あ、みんなこんな所にいたのかぁ」
耳に入るのんびりした声が、目に入る能天気な笑顔が、苛立ちを急加速させていく。
「探してたんだよ?せっかく新しい御馳走出来たのに、みんないないんだもん。あれ、バーバラは?」
プツン。
テリーの頭の中で何かが切れる音がした。
「うわぁっ!!?」
テリーの鋭い一閃は、さすがというべきか残念ながらと言うべきか、数ミリ差で避けられる。
「玉座の間だっつの、さっさと行って来いこのボケ王子っ!!」
「急に何すんだよテリー!!」
「やかましいっ!!とっとと行けっつってんだろうが!!」
「ちょっと居場所聞いただけなのに怒ることないだろー!?」
何なんだよぉ、とブツブツ言いながら、何も知らない王子はバーバラが登った階段を駆け上がる。その後ろ姿を見送って、苛立ちと呆れと、若干の親しみをこめて、テリーは大きくため息をついた。
「ったく、しょうがない奴だな」
「ああ、しょうがない奴だよ」
「本当、しょうがない奴ですねぇ」
「そうね、しょうがない奴よね」
「ええ、しょうがない奴です」
たったそれだけで全てが通じたらしく、誰からともなく笑いだす。
数分後、涙で顔をぐしゃぐしゃにした天然王子が全員から「自業自得だ」といなされたのは、言わずもがな。
END
全体
みんなで青春してろよ、というのが今回のコンセプト。
6のエンディングは凄く切ない終わり方だったので、こんなんだったらいいなぁ、と思いっきり明るくしてみました。恥ずかしいくらい青臭いのは仕様。でも爽やかすぎるのが6メンバーには丁度いいと思います。
主人公の名前は思いつかなかったので無し。デフォルトのレックも公式小説のイズュラーヒンもかっこよすぎて我が家の主人公には似合わないし、漫画版のボッツは熱血な感じで似合わなさそうだったので。名前出さないようにごまかしながら書くのも楽しかったので、個人的には満足です。
私的人物相関
・主人公×ターニア
ターニアが可愛すぎるからいけないんだ!!
ゆずにいちゃん だーいすきっ!なんて言うからいけないんだ!!(主人公名ゆずでプレイ時)
ランドなんかに渡さないぞ!結婚式の日にペガサスに乗って華麗に連れ去ってやるんだからな!!(何なんだ)
・バーバラ→主人公
ゲームの中で所々バーバラが主人公に対する好意をほのめかすような発言をしてたので、こんな感じに。
健気にアタックするバーバラ、持ち前の天然スルースキルで気付かない主人公、逐一凹むバーバラを苦笑いで慰めるチャモロ、しょうもなさすぎて呆れるテリー、みたいな図が理想。
・テリー+(→?)バーバラ+チャモロ
ちびっ子3人組は仲良しだといい。バーバラとチャモロは魔法使い仲間で、テリーとバーバラは口げんか仲間で、テリーとチャモロは数少ないツッコミ仲間。
チャモロは恋愛感情なさそうだなぁ。それこそ面白いお姉ちゃん扱いなんでしょうね。
テリーはどうなんでしょう。最後テリバっぽく終わっちゃいましたが、あれは友情の延長だったのか片思いだったのか。どっちでもアリですね(ぇ
・ミレーユ×ハッサン
私の中ではSFC時代からの不動のカプ。美女と野獣。
ミレーユはOPの初ムドー戦より前からハッサンに気があったらいいと思います。そんで奥手なハッサンはミレーユに毎回してやられてればいいと思います。
・アモっさん
彼はちょっと離れた位置から眺める人。いちいち茶々いれて皆をからかっててほしい。
ふざけてるように見えて一番皆のこと考えてるといいなー。
何だかんだで、全員仲良しです。
まとめ
短編、というか、物語を端折るのが苦手だということに気付き始めた今日この頃。
なんか、初めて流行りに乗った気がします。
DQ5の小説が行き詰って書きだしたら、まさかの一週間で完成。多分このサイト史上最速です。
ハッピーエンドが好きなもので、ついつい書いてしまいました。DQ6はキャラが立ってていいですね。みんな動く動く。チャモロのセリフが書きたかっただけなのになんでお前ら全員出てきちゃうのよ、なんてとても言えない。
気が向いたら別の話も書いてみたいですね。でも多分1話だけの単発だろうなー。
こういう終わりもいいんでないの、と思っていただければ作者冥利に尽きます。
ここまで読んでくださってありがとうございました!