DQ8 手当て

 オディロ院長の死から、ちょうど一週間。マイエラ修道院を追い出されてから、不気味な緑色のバケモンを王と崇める奇妙な三人組と旅を初めて、それなりに日も経った。
 一晩お世話になった道沿いの教会を後にして、二、三時間は経っただろうか。もう日が高い。
「うぐぅッッ! ……痛いわ、ククール」
「こらえるにしたってもーちょい可愛い悲鳴あげられないもんかね、ゼシカ嬢」
「うるっさい! 早く治してってば!」
 俺達四人(と一匹と一頭)は草原にて昼の休憩中。俺は果敢に敵に突っ込んでいくゼシカの傷を念入りに治療してあげているところだ。ちょっとでも触れたら燃やす、と脅されているのでガーゼとピンセットで丁寧に消毒液を塗り込む。
 モンスターに切り付けられた肩の傷を眺めて、ゼシカが首を傾げる。
「ねぇ、戦闘中みたいに回復呪文でパパッと治さないの?」
「汚れを取り除いたり消毒したりしたほうが、痕が残りにくいんだよ。ちょっとでも綺麗な状態に治したいだろ?」
 レディの体は大切に扱うもんだぜ、とおどけてウィンクすると、心底気味悪そうな顔でそっぽを向かれた。傷付く。

 

 

 トロデ王がバケツを持って走ってくるのが見える。どうやらミーティア姫のために水を汲んで来たらしい。馬車の側で荷物の確認をしていたエイトがテキパキと水桶の準備をし始めた。
 姫さんが水を飲んだらもう出発だろうな、とアタリをつけて、傍らに置いておいた弓を背負う。ちょうど遠距離攻撃が出来る人が欲しかったんだ、と嬉々としてエイトに渡された弓だ。そのため俺は、敵から離れた安全地でちまちま攻撃しながら回復、などという地味な役回りを任されている。俺らしからぬ配役だね、全く。

 消毒の後にかけたホイミの効き具合を確かめるように、ゼシカがぐるんぐるんと肩を回す。
「さすが、“元”聖堂騎士団は優秀ね」
「そんな嫌味も可愛いぜ、ゼシカ」
「……レディを大事にするのは見上げた姿勢だけど。差別はよくないわよ」
「野郎に優しくしたって何にも得しないだろ」
「そういうこと言ってるんじゃないわ」
「じゃあ何か? “あたしだけに優しくして”ってか、随分と甘え上手なこって」
「……あんたねぇ! もう、あたしが言いたいのは」
「兄貴のこと、だろ? ゼシカの姉ちゃん」
 ぬっ、と突然割り込んできたのはヤンガスだ。いつのまにか大量の草やら花やら木の実やらを抱えている。
「おかえりなさい、ヤンガス。今までどこに行ってたの?」
「ちょいとそこの丘までな。この辺は人通りが無いからもしや、と思ったら大当たりでがす。まだ誰も手を付けてない野生の薬草がごっそり」
 野性児かよ、とツッコみかけたが、よくみると市販の薬草のセットにはなかなか使われないような薬効の高い物がいくつも見られる。粗雑で乱暴そうな見た目とは裏腹に、自然の知識は豊富らしい。俺が感心しているのが伝わったのか、ヤンガスは自慢げに胸を張った。
「ふふん。もっと尊敬してくれてもいいでがすよ、ククールの兄ちゃん」
「はいはい、すげーすげー。ヤンガス先輩マジリスペクトー」
「……その尊敬の仕方は寂しくなるからやめてくれい」
 ヘコむヤンガスに悪戯っぽく笑みを返してから、興味深げに野草を突っつくゼシカに向きなおる。
「で? エイトの奴が何だって?」
「ああ、そうだったわ。……っていうか“何だって”ってどういうことよ」
「もしかして自覚がねえのかい? あちゃー、こりゃ重症でがすよ」
 二人して顔を見合わせて溜息をついている。何だよ、何に呆れてんだよ。
「あれだけエイトのこと避けておいて、よくそんなこと言えたもんね」
「ああ、そのキョトンとした顔。完全に自覚なしでがすね」
「……別に、避けてなんか」
 無い、と言い切れなかったのは、思い当たる節が何もなくて驚いたからじゃない。
 むしろありすぎて困るくらいだ。
「みんな!」
 突然後ろから声を掛けられて、体がビクンと跳ねる。
「そろそろ出よっか。姫様も体力回復されたみたいだし」
 噂されているとも知らずに、エイトは普段通りニッコリと微笑む。気まずさで身動きの取れない俺をよそに、ゼシカとヤンガスがスタスタと歩き出した。
「そうね。今日中にあの山を越えられるといいけど」
「うーん、どうかな。越えるのは厳しそうだよ」
「じゃあ山のてっぺんを目指しやしょう! 今夜のキャンプは見晴らしがいいでがすよ、兄貴!」
「あはは、いいね。楽しみだ」
 仲良さそうに歩き出す三人の後ろについて歩いていると、不意にエイトがこちらに振り返った。
「どうかした?」
「え」
 とっさに聞かれて反応に困る。
 “俺がお前を避けてるの、気付いてたのか”……だなんて、まさか聞けるはずもないし。
「……別に、何もないけど」
「そう? 視線を感じたからククールかと思ったのに」
「気のせいだろ。ほら、行こうぜ」
 そう言って俺はそそくさとエイトから離れる。先を歩いていた二人に追いつくと、両側からコソコソ耳打ちをされた。
(無自覚で理由もなく避けてたんだったら、ちょっとは歩み寄ろうとしなさいよッ!)
(あれで結構ヘコんでんだ、兄貴。顔には全然出てねぇがな)
(……わーかったよ、善処しまーす)
 やる気の感じられない俺の返事に業を煮やしたゼシカが、脇腹にドスッと拳を入れた。そんなか細い腕のどこにそんな力があるのやら、あまりの痛みにしばらく地面に悶え転がったのは言うまでもない。

 

 

 我ながらおかしな話だとは思うが、こうもギクシャクな状態だというのにエイトを避ける理由が自分でも分からないのだ。
 態度や言動が気に食わないとか、話が合わないとか、避けるにしたって何かしら理由があってもいいはずだ。しかしエイトはどう見ても人畜無害な純朴青年、不快になる要素が見当たらない。それなのに避けたくなる。顔を見ると不安になる。気を許すのが怖くなる。

 思い当たる節といえば、例の嫌味な騎士団長殿に無理やり修道院を追い出されて行き場が無くなり、何やかんやでエイト一行の旅の仲間に入ると決まった時のことだ。
「これからよろしく、ククール」
 何の変哲もない、普通の挨拶の握手。エイトは普段と変わった様子もなく微笑みながら手を差し出した。
 この時、何故か俺はアイツの手を握るのを躊躇った。
「……ああ、よろしく頼む」
 軽く手を挙げてごまかし、ゼシカに“君だけを守る騎士になる”などと茶化してその場は済んだ。自分でもどうして拒否反応が出たのかさっぱりわからない。とにかく、あれが発端だったのは間違いない。

 そのあとだって、何だかんだエイトとは噛み合わなかった。
 いつだか旅の道中の回復役は誰だったのかを聞いたら、基本的にエイトが担当していたと言う。
「これで僕の負担も軽くなるよ。攻撃に回復に、って今まで忙しかったから」
 そりゃそうだ、敵の動きも味方の動きも確認しなきゃいけないのに、目は二つしかないんだから。そう思って、俺は善意で言ってやった。あくまで、善意で。
「じゃあお前は自分の回復に専念してな。あの二人のフォローはこっちに任せとけ」
「んー……そだね、任せる」
 この後ほんの少し複雑そうな顔をしたエイトを不自然には思ったが、大して引っ掛かった訳でもなく。
 気がついたのは数日後だ。戦闘中、俺はヤンガスやゼシカの回復をすることはあっても、エイトの回復は絶対に出来ない。アイツが必ず先回りで自分の回復をするからだ。
 もしかして、“お前のフォローはしてやらんからな”って意味に取ったんじゃないだろうな。
 そう考え出したのはつい最近だ。それならあの複雑そうな顔も辻褄が合う。ちなみに今まで俺がエイトの回復をした回数はゼロ。その可能性は濃厚だ。

 先頭を切って歩くエイトの、これといって特徴のない後ろ姿をぼんやりと眺める。トレードマークの赤いバンダナが風になびいている。多少あか抜けないとはいえ、見た目が気に食わないってことはないんだがな。
 隣でヒン、と姫君が小さく鳴いた。俺を気遣ってるのか、アイツを避ける俺に呆れているのか。まあ、後者だろうが。

 

 

 夕暮れ時。頂上でキャンプを組み終わり、ヤンガスは山奥へ薬草狩りに、ゼシカは川へ水汲みに、エイトは馬車から荷物を降ろし料理の支度。俺は魔除けの聖水を撒き終わり、やっと一息つけると思った頃だった。
「ククール、肩車して?」
「は?」
 唐突すぎるエイトの言葉に俺は、皮肉を考える間もなく素で返事をした。
 どうやらこの辺りの木に生っている木の実を取りたいらしい。見上げると確かにかなり背の高い木だ。
「肩車って、お前さぁ……」
「僕の身長じゃ届きそうにないし。あの高さはククールでも厳しいと思うよ?」
「ヤンガスにでもしてもらえよ」
「届くはずないじゃん、わかって言ってるでしょ」
「じゃあ逆だ。お前がヤンガス背負えばいいんじゃね」
「僕潰れちゃうよ」
「いけるいける、やればできる。成せば成る」
「無茶言わないでよ……あ、じゃあアレ矢で射ってみてよ。そしたら落ちてくるかも」
「どっちが無茶だ、ロビン・フッドじゃあるまいし」
 まぁ矢の無駄遣いはよくないよね、とエイトが笑う。
「頼むよ、少しの間だけでいいから。今晩のスープの具が増えるんだ、悪い話じゃないでしょ?」
 この通り、とエイトは軽く両手を合わせた。いつもは自分から折れるくせに、珍しくなかなか退かない。
“ちょっとは歩み寄ろうとしなさいよ”
“あれで結構ヘコんでんだ、顔には全然出てねぇがな”
 昼間の二人の言葉が頭をよぎる。ここで素気無く返したら、ゼシカ嬢のお叱りは免れないだろう。とうとう俺は諦めて、溜息をつきながら膝をついた。
「……しゃーねぇなあ」
「わ、やった! 頼んでみるもんだね」
 嬉々としてエイトが肩に跨ってくる。肩車なんて何年振りだろうな。修道院のガキ相手にやってやった記憶が薄っすらあるぐらいだ。
「うわあ! あははは、高い高い!」
「おいコラ、あんま動くな! 倒れる倒れる」
「わあ、ごめんごめん! あはは」
 あははじゃねぇよ、と内心ヒヤヒヤしつつ俺はバランスを取る。きゃっきゃと無邪気にはしゃぐエイトを木の実の元まで運ぶべく、くるりと後ろに振り返る。
「楽しそうね」
「うおっ!?」
 いつの間に帰って来たのか、バケツを両腕に抱えたゼシカが、ニヤニヤしながらこちらを見ていた。状況が状況だけに気まずい、というか気恥ずかしい。
「……別に、これは、お前らに言われたとか、そういうんじゃなくてだな」
「あら、なんのことかしら? あたし何も言ってないわ」
「ゼシカ! おかえり!」
 昼の問答を知らないエイトは、俺達のやり取りに何の違和感も覚えずに楽しそうに木の実をもぎ取っている。
「見て見てゼシカ! 目線が高いよ! 世界が違って見えるよ!」
「よかったわね、エイト。ねぇ、この水はどうしておけばいいの?」
「ひとまずあっちの鍋に入れておいて! ……あ、ククール、向こうの木にも実が成ってるよ」
「成ってるよ、ってお前なぁ。一回降りろよ、めんどくせぇ」
「移動してまた肩車するの? 二度手間だよ、めんどくさい」
「………」
 ほらほら、と上からエイトが急かし、下ではゼシカが笑いをこらえるようにそっぽを向いている。
 ええい、こうなりゃヤケだ。
「くっそ、しっかり捕まってろよオラァ!」
「わ、わ、待って待って、落ちる落ちる!」

 

 

「…………」
「…………」
 椅子替わりの切り株に座ってうなだれながら、二人そろってぜいぜいと肩で息をする。肺が酸素を欲しているのがよくわかる。
 何もあんな山ほど採る必要なかっただろとか、いい歳こいてはしゃぎすぎだとか、そりゃ俺もちょっとだけはしゃいだけどとか、言いたいことなら嫌味も皮肉も言い訳も含め色々とあったが、何に先おいても言っておきたい文句があった。
「お前……重過ぎなんだよ……」
「ごめん……」
 最初に俺の肩に軽々と乗ったし、見た目が華奢な体つきだったから甘く見ていた。木の実の採集を始めて十分ほど経ったころから、肩のあたりに徐々にダメージが蓄積されていき、見える範囲の実を集めきる頃には巨大な岩石でも背負っているかのような重さに感じた。子泣きじじいかコイツは。
 よく考えたら、元近衛兵だっけか。細身に見えるけど意外とガッチリ筋肉ついてんだろうな。
「つーか、なんでお前まで息上がってんだよ」
「バランスとるのに普段使わない筋肉使うから……太ももが、ちょっと」
 上は上で苦労があったらしい。エイトは伸ばした足を必死にもみほぐしている。
 かご一杯に集まった木の実のそばで俺達(というか主にエイト)をパタパタ煽いでいたヤンガスは、ひょいとかごを持ち上げニカッと笑った。
「お疲れ様でがす。今日の晩飯はアッシとゼシカの姉ちゃんに任せて、兄貴達はゆっくり休んでるといいでがすよ」
「えっ」
 ヤンガスの言葉を聞いてエイトはガバッと起き上がる。
「いやいや、料理は僕が全部やるって言ったじゃん」
「でも、お疲れでがしょう? たまにゃあアッシらに頼ってくだせぇ」
「いや、いいよ、無理に作んなくっても」
「おいコラ待てエイト、てめぇ」
 ヤンガスを引き留めようと慌てて立ち上がるエイトの裾を、残りわずかな体力で掴む。
「あんだけこき使っといて、まさか“回復は自分で”なんてふざけたこと抜かさねぇだろうな?」
「え、でも」
「ホイミ、いやべホイミ分の魔力くらい寄越せ。相当バテたぞ、俺は」
「……うぅ」
 エイトは俺とヤンガスを見比べて、何やら妙に困惑している。別に俺はおかしなこと言ってないだろ。結構働いたし、多少のねぎらいはあってもいいはずだぜ。
「……あの、ヤンガス。四等分にして、二十分くらい煮込むだけでいいからね。味付けは僕がやるから」
「了解でがす。ククールの兄ちゃんもごくろうさん」

 上機嫌で鍋のもとに向かうヤンガスを不安げに見送ったエイトは、もたれかかっていた切り株に座りなおして回復呪文を唱え始める。淡い光が周囲を包みだした。
「そんなに俺を回復すんのが嫌かよ?」
「……それはそっちじゃないの」
 拗ねたふりに返ってきた言葉は、思わぬ形で過去の予感にヒットした。
 まさか本当に悪い意味で取られていたとは。
 違う、とは言えない。だって、拒絶の理由がまだわかっていない。
 かざした手から弱々しいホイミの魔力が遠慮がちにこちらに流れてくる。気まずい沈黙の中、そういえば、と切り出したのはエイトだった。
「……昨日の夜、さ。陛下と何か話してた?」
「盗み聞きとか、性格悪ぃぜ」
「君に性格をどうこう言われるとは思わなかったよ」
 随分な皮肉だ。つっかかるのに慣れていないのか、エイトは苦笑いをしている。
 昨日、教会で一晩泊めてもらった夜。寝付けなくて気晴らしに外で涼んでいると、起きてきたトロデ王が無駄話に付き合ってくれた。ひなびた生まれ故郷とみにくい両親の関係、俺とアイツのくだらない兄弟同士の確執。つまらない、本当につまらない昔話。
 おかげで今日は寝不足だ。
「少し、気が楽になった?」
「はぁ?」
「だって、そんな感じの顔してるし。憑き物が落ちた、っていうか」
 俺の疲労の回復をしながら、エイトはぼんやりと言葉を続ける。
「陛下、すごいでしょ。器が大きくて度量が広くて、全部まとめて受け止めてくれてさ。トロデーン国を取りまとめていた時だって、民にも臣下にも好かれてたんだよ」
「……そうは見えねぇな」
 確かに普段はあんなだけどさ、とエイトは笑う。
「陛下と何を話してたのかは知らないし、無理に聞こうとも思わないよ。ただ、陛下はきちんと信頼できる方だから。何かあった時に頼っていいと思う」
 そのままエイトは口を噤む。たどたどしいホイミの魔力の供給はまだ続いている。
 随分と含みのある言い方だが、つまり“どうせ僕のことなんて信頼できないだろうけど”ってことだろう。想像していた以上に、俺の態度はエイトを傷つけていたらしい。
 ここまで言われても、俺にはまだ自分がエイトを避ける理由がわからない。一体俺は、コイツの何が気に食わないんだか。

 

 

 体全体にホイミの魔力が回ったあたりで、俺はしびれを切らして問いかけた。
「……なぁ、どうして治療のこと“手当て”っていうのか、知ってるか?」
「へ?」
 唐突な問いに、エイトはキョトンとした顔でこちらを向いた。
「治療の事前準備のようすを表してるだとか、聖書に神様が患部に手を当てて傷を癒す描写があるだとか、実際に手で患部に触れることで痛みが和らぐだとか、まぁ諸説あんだけど」
 左の手袋を咥えて外し、かざされたエイトの手にそのままぺたりと重ねる。在りし日のオディロ院長が、同じように幼い俺の手を握って教えてくれたことだ。
「直に触れると患部の状態が鮮明にわかる、っつうのが一番有力な由来らしい」
 掌からじわりとエイトの魔力が染み込む。
 医学による治療と回復呪文による治療との違いは、速度と魔力の消費だけじゃない。何処にどんな怪我をしてるのか、直に見なくても魔力を通わせれば把握できるのだって大きな特徴だ。魔力を通わせるなら、手をかざすだけより皮膚同士が触れていた方が安定するし細部にまで届く。回復呪文が苦手な奴ほど、この原則を怠る傾向がある。
「わ、ほんとだ……」
 原則に漏れず、エイトは相手に触れることを怠っていたらしい。触れて回復するのは初心者の導入に使われるくらい初歩の初歩だし、忘れてたって仕方ないんだが。
「な、こっちのが見やすいだろ」
「うん! 体全体を回復してたけど、けっこう肩と足にピンポイントでダメージ行ってるんだね」
「さっきから見当違いな場所ばっか回復しすぎなんだよ」
「もっと早く言ってよ、性格悪いなぁ」
「うるせ」
 エイトはクスクスと笑って回復を続けている。その様子を眺めていると、一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、例の昔話がフラッシュバックした。
“ここなら、オディロ院長やみんなが家族になってくれる”
“ごめん、ほら泣かないで。君、名前は?”
 驚愕した。かつてのやさしい笑顔のマルチェロと、目の前で下手糞なホイミを唱えてるエイトとが、一瞬でも重なったことに。
「……うわ……マジか」
「何? どうしたの、すごい顔して」
「うるせえ、何でもねぇよ……!」
 ああもう、とため息交じりに呟いて、俺は目を覆った。
 つまり、あれか。俺はこの人畜無害に、あの糞みたいな兄貴の面影を見ちまったってのか。
 握手を拒んだ理由が今ならよくわかる。ただの昔のトラウマだ。エイトが気に食わないんじゃない、あの日のように笑顔から一転して拒絶されるのが怖かっただけだ。なんだよ、握手恐怖症か俺は。
「……気に障ることしたかな、僕」
「ああ、違う違う。お前に非は一切無い」
 回復をやめて離れようとするエイトにすがる。
「俺の問題だ、お前にゃ関係ない……や、なくもないのか?」
「……どしたのククール、いつにも増して変だよ」
「いや別に大したことじゃ……って、その言い方じゃ俺が普段から変な奴みたいじゃねえか」
「うん」
「うん、じゃねえよ」
 やっぱり変だよ、と呟いて、エイトは俺の回復に戻った。掌は触れたまま、今度は正確に疲労を癒していく。
 ……そうだ、エイトは関係ないんだ。マルチェロとは別人なんだ。拒絶なんてありえない。そもそも拒絶する理由が出来るほど親しくないんだから。大丈夫。絶対、大丈夫。
 そう言い聞かせて、俺はそのままエイトの手を、ぎゅっと握り締めた。
「……何、この握手」
 エイトが首を傾げる。そりゃそうだ、いきなり手なんか握られたら誰だって気色悪い。
「……何って」
 まさか“トラウマを克服していました”なんて、言ったところで理解されるはずもない。
「……いや、その……何つーか」
 ああもう、勢いで行動したばっかりに、しどろもどろで格好付かない。
「……ふふ、ははは」
 そんな様子を見て、堪え切れなくなったようにエイトが噴きだした。
「何て、何てわかりにくい、あははは!」
「なっ、何がだよ……」
「あはは、ごめんごめん。何か、君の性格がわかった気がする」
 どうやら俺が考えなしにした握手は、思わぬ形でエイトにヒットしたらしい。ああ面白い、と笑いすぎて出た涙を拭い、それでもまだ笑いながら、エイトは続ける。
「ククールは、あれだね。あんまり素直じゃないんだね」
「は?」
「いいんだ、こっちの話。君との付き合い方がなんとなくわかった気がする」
「何を勝手に一人で納得してんだよ」
「それはお互い様じゃん、あはは」
 笑い続けるエイトに、変な奴だな、と言ってやろうかとも思ったが、それもお互い様だと言われるのは目に見えているので黙っておく。

 ツボにはまったエイトの笑い上戸がなかなか治まらなくて、いい加減イライラしてきた頃。馬車の近くで料理をしていたヤンガスがぽてぽてとこちらに走ってきた。
「兄貴ー! 頼まれた通り煮込みやしたぜ!」
「はー笑った……おつかれさま、ヤンガス」
「あっちでゼシカの姉ちゃんが火起こしてるでがす。あとは頼むでがすよ」
「え、ゼシカが火を?」
 振り返ったエイトの顔から笑みが消える。鍋の下で煌々と燃えるのは、デンデン竜もかくやというほど巨大な炎。
「わあああ! 火が強すぎだよ!」
「そうでがすか? そういやそろそろ水が無くなりそうだったでがすね」
「おいおい、スープの予定だったろ。水気無かったらスープじゃねえだろ」
「ああ、だから僕がやるって言ったのに……!」
 そう言って慌ててエイトが立ち上がる。そして、くる、と俺の方を振り返る。
「回復、もう大丈夫?」
「ま、十分だろ。それよりあの“スープだったもの”は平気なのかよ」
「……予定を煮っ転がしに変えれば、何とかいけるんじゃないかな」
「今からは夕飯の無事を祈ることにする」
「祈りが通じるといいね」
 苦笑いのエイトが、半ば諦めつつゼシカに駆け寄る。エイトの必死の説得にきょとんしているゼシカ。どうやらヤンガスとゼシカに料理を任せるのはやめた方がよさそうだ。
 その光景を俺の隣で微笑ましそうに眺めていたヤンガスが、こちらを見てニカッと笑った。
「少しは兄貴と仲良くやれそうでがすか?」
「……まぁ、原因はわかったっつーか」
「そりゃあよかった。早くちゃんと仲直りするでがすよ」
 仲直りって、ガキの喧嘩じゃあるまいし。
 じゃあ何か? 兄貴の時のように喧嘩になるのが怖かったです、これから仲良くしてください、とでも言えってか。
 言えるわけねえだろ、馬鹿野郎。

 

END

あとがき

素敵DQ8小説を見つけた勢いに任せて書きあげ、ククール好きな友人の誕生日プレゼントに送りつけたククール一人称小説でした。
DQ8はみんな素敵なキャラだけど、なんやかんやククールが一番可愛い気がします。

全体

ゼシカにはぐいぐい積極的にアプローチするだろうし、ヤンガスはヤンガスで彼を広い器で受け止めるんだろうけど、エイトと仲良くなる過程ってそういえば想像つかんな……と思ったので、きっかけの話を書いてみました。
序盤のククールはなんとなくエイトの事苦手そうなイメージ。穏やかで和やかでお人好しなエイトを見て、無意識にいつかの綺麗なマルチェロを思い出してるんじゃないかな、なんて。

マイエラ-アスカンタ間のクソ長い山道、結構好きなんです。4人そろったばっかりでぎこちない感じとか、冒険が始まった感じがすごい出ててよくないですか。
ククールの回想イベントを主人公じゃなくトロデ王が聞くっていう演出もなんとなく好きです。プレイヤーが触れちゃいけない傷みたいな感じがする。

 

ククールの話

ククールの過去って結構壮絶ですよね。DQ屈指の生まれの悪さな気がします。
諸悪の根源の親父は好き勝手やったあと他界したから憎むに憎めず。
親からの愛ならこっちだって受けて無いのに、正妻の子ってだけで兄からは延々と憎まれ続け。
もちろん妾共々散々な目に遭わされてるマルチェロの怒りは理解できるのですが。
憎まれるべくして憎まれてる、と子供心に納得しながら生きてきたとなれば、捻くれまくって当然でしょう。
それでもとっさに“兄貴”って呼んじゃうあたり、彼は結構健気なのではないでしょうかね。

旅の最中にちょっとずつ角がとれて丸くなってけばいいなぁ。

 

ククゼシの話

この話じゃ全然ククゼシしてないけど語らせて下さい好きなんですよホントに!!
真面目なお嬢様を形式ぶってレディ扱いしておちょくるククールと、からかわれて苛立って突っかかってコケにされてまた苛立つゼシカちゃんのあのギッスギスな感じ!!
そんでなんとなくお互いの事を理解しだした頃にちょこっとずつ歩み寄るあのもどかしい感じ!!
加えて終盤の阿吽の呼吸でククゼシまじ夫婦なあの感じ!!
ああもうたまらん!!ククゼシかわいいホントかわいい!!
まあ今まで書いたことないんだけどね!!!

 

まとめ

ヤンガスはお人好しなエイトの恩義に永遠の忠誠を誓い。
ゼシカちゃんはサーベルト兄さんの面影をエイトに重ね。
ククールはエイトの中にかつての理想の兄貴像を見出し。
それに気付かないゆるふわモテカワ愛され総受けエイト。

……だったらいいな、って思って書いてるのがうちのDQ8パーティです。
何だかんだみんなエイトさん大好き。私もエイトさん大好きです。

エイト大好きな仲間達とエイトの会話が書いててすごい楽しいです。
ヤンガスとエイトは気の合う兄弟分でころころしててかわいいし。
ゼシカとエイトはとぼけたお兄ちゃんとしっかり者な妹みたいでかわいいし。
ククールとエイトはでこぼこだけど親友っぽい感じでかわいい。
あぁかわいい。DQ8かわいい。しみじみ。
従者ラブな陛下と姫君のお話も書きたいですねぇ。

ここまで読んでいただいてありがとうございました!