私の幼馴染は、気の弱い奴だ。
体もちびっちゃくてなよなよしてて、喋り方だっておどおどしてて、だっさい帽子なんか被っちゃって。
昔はちょっとつつきまわすだけでビービー泣いてた。
泣いたら私が悪者みたいじゃないやめなさいよ、って怒ってやったらまた泣いてた。
……そんなんだったのに。
「マリベルー」
父が倒れてから1週間後。やむなく旅を抜けた私の所に、奴はへらへらと笑いながら帰ってきた。
「……あらアルス。きちんとあたしの所にまで顔を出すなんて、良い心がけじゃない。何の用よ」
「えへへ、ただいま。ちょっと忘れ物取りに来たついでに来ちゃった」
なっさけない表情と忘れ物癖だけは変わらない。
「アミットさん、容体はどうなの?」
「落ち着いてきてる。まだ熱がおさまらないけど、神父様は時間をかければ治るって」
「そっか。ちょっと安心したよ」
変わったのは、成長期で伸びた背丈、たび重なる戦闘で鍛えた筋肉、それと、旅で身に付いた度胸と根性。
あれだけ一緒に旅をして来たというのに、今頃気付く。私は今、かつてコケにしていた幼馴染に見下されながら喋っているのか。
落ち着け私。旅を始めて一年近く、顔を見なかったのはたった一週間。これだけの期間成長を共にして来たってのに、今更になって幼馴染の成長ぶりなんて実感してたまるものか。
だから落ち着け、コイツはただの幼馴染、ああもう、だからときめくなっつってんのよ私!!
「……ごめんね」
「……何がよ」
人が深呼吸してるのなんて知りもしないで、アルスはいつもの調子であたしの左手に軽く触れた。
「僕がマリベルの事連れ回したから、マリベルの家族みんなに心配させちゃった。アミットさんが倒れたのだって、ホントは僕の」
「やめなさいよ!!」
「ふがっ!?」
空いた右手で慌ててアルスの口を塞ぐ。
いい加減にしてよ、これじゃまるで、あたしがコイツに主導権握られてるみたいじゃない!
「私はっ、私の意志で旅をしてたの!」
「ふぐぐ」
「あんたに連れまわされてたなんて冗談じゃない、あたしがあんたを従えてたのよ!」
「ふぐー」
「わかったわね!? わかったら返事!!」
「……ふぁい」
驚いて見開いた真っ黒な瞳が、私を見つめてふわりと和らいだ。
強引に奴の口にあてた右手が、いともたやすく外される。戦士として鍛えた大きな手に、魔法使いの私の手は敵いもしない。
「ありがと。やっぱマリベルは優しいね」
「……当然でしょ。あんたはみみっちいこと気にしてないで、さっさと世界を救って来ればそれでいいの」
「あはは、簡単に言うなぁ。今結構大変なんだからね?」
繋いだ手はそのまま。少し骨ばった長い指が、私の細い指に絡む。
「ねぇマリベル。帰ってきたら、一個だけお願い聞いてもらってもいい?」
「はぁ、お願い? 中身は?」
「まだ言えない。ちょっと準備できてないから」
「……ふん。帰ってきたら、ね。考えといてあげる」
「ありがと。楽しみにしてる」
奴は安心したようににこりと笑った。
そしてこともあろうに、私の手の甲に唇を落としたのだ。
「はあっ!!?」
「じゃあまたねー」
平気な顔で手を振って去っていく奴を、私は茫然と見送ることしかできない。
「………ああ、もうっ」
あんなの、どこで覚えてきたんだか。
ああ、部屋に他に誰もいなくてよかった。
こんなみっともない顔、パパにもママにも見せられやしないわ。
私の幼馴染は、気の弱い奴だった。
……だった、はずなのに。
END
今回の時間軸はマリベル脱退後にアイラさんが加入した直後くらいです。
アルマリは幼馴染組なので、第2次性徴期特有の甘酸っぱさが好みです。
この子こんな華奢だっけ、とか、こんな手大きかったっけ、とか、ふいに気付いた時に落ちる感じだとおいしい。
彼女の細っこい指にどんな指輪だったら似合うか、どうやって渡そうか悩む青少年の話とか書ければいいな!