【3】紫

 覚えていろ、次会ったらただじゃおかないからな、等とわかりやすい捨て台詞を吐いて、騎士と魔法使いは逃げるように酒場を後にした。
 勇者って、初めて見たけど。間近でぽかんと一部始終を見ていたタキは、少女にぽつりと呟いた。
「……素晴らしい、お手並みでした」
「それほどでも」
 淡々と応える少女は、記入を終えるとタキにくるりと向き直った。改めて見ると、先程の熟練した武芸には見合わない幼い顔立ちだ。
「おかげで効率的にあいつらを追い払うことが出来たわ。ありがと」
「あ、いえ……」
「それでも愛の告白は受け付けないけれど」
「わああ!! 違う、違うんですってば!!」
 タキは慌てて少女の口を押さえる。すっかり忘れていたが、そういえばまだ誤解は解けていないんだった。自分の青臭さを見守るように酒場全体から送られる生温かい視線には、こそばゆくてこれ以上耐えられない。
「違うの? “あなたが必要だ”って言葉は、プロポーズの常套句だとばかり思っていたわ」
「ぷ、プロ……いや、さっきのはそういう意図ではなくて! ええと、つまり……」
「旅に連れてってくれ、って言いたいんだよな?」
 ぽん、とタキの肩に手を乗せたのは、空っぽのジョッキとつまみの皿を携えたギルだ。
「タキ、お前おもしろすぎ」
「す、すみません……僕、気付いたらこんなことになってまして……」
「せめて一言相談しろよなー」
 ルイーダにビールの追加を頼んで、ギルは少女の隣にどっかりと腰掛ける。馴れ馴れしい態度が気に障ったのか、少女は怪訝そうに眉をひそめた。
「さっきも言ったけれど、私よりも強い人間以外を仲間にする気はないわよ」
「わーかってるって。それを踏まえても、コイツを雇う価値はあるんじゃねぇのか、って話だよ」
「ふうん……そこまで言うってことは、何かセールスポイントがあるんでしょうね?」
「まぁな! なんてったって、あのクラーゴンを一撃で仕留めた男だ。なータキ?」
 ああ、やけに自信あり気だと思ったら、彼は僕を過信しているのか。タキは昨日偶然成功した即死呪文を思い返す。状況が状況だったから、追い込まれて集中力がいつもより上がっていたのだろう。本来の実力であれを発揮しろと言われたら難しい。
「へぇ、クラーゴン。ということは、ザキを使えるレベルの僧侶なのね。見た目の割に優秀じゃない」
「え」
 興味深そうに少女はタキに目を向けた。さらりと呪文と職を言い当てたことにタキは驚く。
「ど、どうしてわかったんですか!? どうやって倒したかなんて、一言も言ってないのに」
「さぁ、どうしてでしょうね」
 意味ありげに少女は笑う。最初に彼女から感じた警戒心は、かなり軽くなったようだ。
「逆に聞くわ。どうしてクラーゴン相手にザキを唱えようと思ったのかしら?」
「どうして、って……バギでダメージを与えるのは難しいですし、そもそもクラーゴンは腕力でどうにかできるサイズではありませんし。船ごと壊される前に倒すには、一か八か即死呪文に賭ける他無くて」
「30点」
「えっ」
 採点が厳しい。
「モンスターはバラモスの魔力による原生生物の突然変異がほとんどよ。元になった生物の特性を考えれば、ザキが有効なのは明白だわ」
 ルイーダの置いていったグレープジュースに口を付けて、少女はそのまま口を開かない。ヒントはこれ以上貰えなさそうだ。
 元になった生物、というと、イカに即死呪文が効きやすいということだろうか。即死呪文の効果は均等なはずだ、そんなはずはない。
 ザキ系統の呪文は対象の血液を凍らせて死に至らしめる仕組みになっている。血管が詰まって無事な生き物はそうそういないし、イカだけ特別なんてことはない……と思うのですが。
 自信なさげにタキは少女に目をやる。退屈そうに少女が傾けたジュースのグラスが、涼しげにカランと音を立てた。まさか、これもヒントなのだろうか。
 結果ではなく過程に原因があるということかもしれない。となると術式変換の工程にまで考察が及ぶのか?いやいや、明白だなんて言っておいてそんな複雑な問題を出すとは考えにくい。何でしょうか、血を凍らせるのとイカとの繋がりって。
 ……ん、待てよ? 血液の凍結、氷……で、イカ……。
 あ。
「……氷焼け、ですか?」
「正解」
 あまりの単純さに拍子抜けして笑いをこぼすと、少女もなんとなく勝ち誇ったように口角を上げた。
 ギルは隣で首を傾げている。呪文に精通していないのだから無理もない。
「氷焼け、ってあれか? 釣った後のイカを氷の上に置いちまうと色が変わるって奴」
「はい。氷焼けは急激な温度変化によって死後硬直が早まって起こるんです。外側から凍らせるだけでは即効性は薄いですが、内側……体内を直に凍らせてしまうなら話は別です。ヒャド系の水分に寄った凍結と違ってザキ系統の呪文は窒素を拠り所にした凍結ですから、急冷に弱いイカの細胞なら確かに壊死させやすいですね。ザキの発動過程ですでに死に追いやることができるから、ザキが成功していようが失敗していようが倒すことが出来る、だからザキが有効というわけですか。となると、ザキの成功率とクラーゴンや大王イカの致死率は相関が無いんでしょうか………あっ」
 ギルのぽかんとした顔で我に帰る。しまった、僕とした事がまた長々と。
「……す、すいません」
「いやいや、なんで謝るんだよ」
「く、癖なんです……一回説明しだすと、考えてることと説明してることがゴチャゴチャになっちゃって、集中しちゃうと周りの声とか全然聞こえなくて」
「へぇ、一瞬でそこまで考えれるんだな。学生やってるとちげーんだなぁ」
 特に気分を害した様子も無く、ギルはケタケタ笑っている。心が広いんだか気にしなさすぎなんだか。今までの環境とギルの反応の落差がありすぎて、しばらく慣れそうにない。

「で、だ。お嬢さん」
 改まってギルが少女に向きなおる。
「どうだよ、コイツを仲間に入れてやる気になったかい?」
「……その前に、ひとつ」
 カウンターに頬杖をつく少女は、立てた人差し指をそのままギルに突きつけた。
「あなたは何? 志願者?」
「俺かぁ? 俺はただコイツに協力してるだけ。タキを雇うっつーなら、ついでにアンタの護衛をしてもいい、みたいな」
「“みたいな”? 世界を救う勇者の旅に対して随分適当な理由ね」
「熱い思いは必要かい?さっきのタキとのやり取りを見てる限り、仲間に求めてんのは熱意じゃなくて実力なんだろ?」
「……それは、そうだけど」
「だろ?」
 ギルは楽しげにぐい、とジョッキをあおる。またひとつ空っぽのビールジョッキが増えた。
「アンタの邪魔はしねーし、旅に口出しするつもりもねーよ。おまけで一人戦力が増えるんだ、お得だろ?」
 かなり強引に自分を売り込むギル。すごいなぁ、僕だったらそんなにグイグイ押したり出来ません。
 ……いやいや、のんびり見てる場合じゃない!
「あ、あの!」
 会話に割り込もうと、思い切って手を挙げる。声は裏返りかけているけど、気にしている場合じゃない。
「僕! ダーマに行きたいんです!」
 さっきは動転して伝えきれなかった自分の目的を、今度こそ伝えなければ。
「法に触れずに海を越えるには、あなたと一緒に行く他ないんです! ダーマにつくまでの間だけで構わない、ので、どうか、ご一緒させては、いただけ……ませんか……」
 徐々に声が尻すぼみになる。口に出してみると、随分と身勝手な理由である。もしかして僕はすごく失礼なお願いをしているんじゃないだろうか。
「そこはもっと自信もって言えよー」
「うう、ごめんなさい……」
 苦笑いのギルに、空のジョッキでコツンとおでこを小突かれる。
 気分を害してしまっただろうか、と恐る恐る少女の方を向く。彼女は俯いているが、気分が悪いわけではなさそうだ。口を抑えて必死に何かを堪えている。
 ……あ、もしかして、笑われてる?
「うふふ、ああ、もうダメ! 我慢できない、あはははは!」
 とうとう少女は隠すこともなく笑い出す。失礼なことを言いはしたが、面白がってもらえるようなことは言った覚えはない。
「世界を救う勇者の旅を、私利私欲のために利用しようだなんて! しかもそれを隠そうともしないで! そんなに傲慢で尊大な目的を、そんなに卑屈で尻込みした態度で! ふふふ、あははは」
 うう、大爆笑されてる。愉快そうには見えるが、内容が内容なので笑われてるんだか怒られてるんだか。
 はー可笑しかった、と少女は笑いすぎて出た涙をぬぐう。
「面白い、面白いわ。パーティは組まないつもりだったけど、いいでしょう。あなたをダーマまで連れて行ってあげる、ついてきなさい」
 笑い混じりにタキの手を取る。少女の口からでた承諾の言葉を信じられずに、タキは思わず聞き返す。
「え……あの、いいんですか?」
「薄っぺらい理想や忠誠は聞き飽きていたところよ。くだらない下心を小奇麗な言葉で隠す人間より、目的が明確なあなたの方が余程わかりやすいわ」
 世界平和もお世辞ももう耳にタコ、と鬱陶しそうに少女は吐き捨てる。
 言動といい戦闘技術といい堂々とした立ち居振る舞いといい、先ほどから年頃の少女のものとは思えない。確か今日が16の誕生日だとルイーダさんは言っていたはずだけれど。本当に僕より年下なんでしょうか、この子。
「で? 雇い主に対して自己紹介もないの?」
 グラスをくるくると回して少女は問いかける。振る舞いのせいかグレープジュースがワインに見える。
「タキです、タキ=フォンブック。よろしくお願いします!」
「タキね。……そっちのあなたは?」
「お。俺も入れる気になったかい、お嬢さん?」
「おまけでついてくるなら、仕方がないでしょう?」
「はっはっは! そうだな、仕方ない仕方ない! 俺はギルバード=レイスだ。周りはギルと呼んでる」
 いつの間に注文したのか、新たなビールジョッキを携えながらギルは愉快そうに答えた。彼とは長い付き合いになりそうだな、とタキは酒代を計算しながらなんとなく考える。
「エルレイン=オディール。エリーでいいわ」
 ダーマまでよろしく。そう言って、勇者エリーはグラスに残った最後の紫色を飲み干した。

 

 

 最初に騎士と魔法使いを派手に追い払った所為か、タキとギルの他に同行を申し出る者はいなかった。アリアハンの支援金からタキとギルの装備をある程度整え、城門へと向かう。
 宿から見えた街灯の旗飾りは、勇者の旅立ちを祝して先日行われたパレードの名残らしい。城門に飾られた同じ配色の旗をもの珍しそうに触っていると、エリーがそう説明してくれた。
「豪華な馬車に揺られて民衆に手を振るだけの簡単な仕事だったわ。あんなことにお金を使うくらいなら、旅の支援金に回してくれればよかったのに」
 出国手続きの書類を書きながらエリーが愚痴をこぼす。目の前に番兵がいるのに国への悪口なんて、とハラハラしていたが、番兵はポーカーフェイスのまま書類に目を落としている。聞かなかったことにしているのか、エリーと同じ考え方だから黙っているのかはわからない。
「全くだよなぁ。資金50ゴールドってどうよ? ケチにも程があんだろ」
「本当はその10倍あったのよ。仲間なんて連れてく気がなかったから、ほとんど私の装備品に使ったの」
 書類に署名をし終わって、手続きに向かう兵士を見送る。エリーはマントの端をつまんでふわりと翻した。
「このスミレ色のマントに300ゴールドは使ったわ」
「さんびゃくっ……!? そんなにするんですか、そのマント!?」
「裏地にフバーハの魔法陣を刺繍してあるの。暑さや寒さから身を守ってくれる優れものよ。世界を巡るなら防寒具は必要でしょう」
 このビロードだって結構上質なのよ、とエリーはマントをさする。確かになんとなく触り心地がよさそうに見えるし、どことなく上品な香りもする。
 ……いやいや、そうじゃなくて。
「武器や防具は? 荷運びの馬車は? 食糧とか携帯寝具とか、ランタンとか燃料とか……」
 必要そうな物資を指折りあげて、ふと気付く。
「……そういえばエリー、随分と身軽そうですけど」
「…………」
 ふい、とエリーが目を逸らす。
「……何とかしてみせるわ」
「買ってないんですか!?」
 野宿の時どうするつもりだったんだ、もしかして意外と世間知らずかこの人は。さっきの威厳はどこへやら、タキのもっともな指摘にエリーは少しばつが悪そうだ。
「今からでも戻りましょう、ここだったら準備がしっかりできますから!」
「嫌よ、また手続きしなきゃいけないじゃない」
「準備不足でまたここに戻ってくる羽目になるかもしれないんですよ!?」
「それでも嫌、忘れ物を取りに帰るなんて恰好がつかないわ」
「そんなこと言ってる場合ですか!!」
「まーまー、落ち着けって」
 言い争うタキ達を楽しそうに見ていたギルが、ようやく仲裁に入ってきた。
「食糧なら俺らが買った分があるから、次の街まで野草とか木の実取りつつそれで食いつなごうぜ。灯りはまぁ、即席で松明作ってもいいし。火は、そうだな……エリー嬢、火の魔法とか使えねえの?」
「……使える、けど」
「じゃあそれな。寝床はまぁ、落ち葉でも敷きゃ多少寝心地はよくなるし。結構なんとかなるんじゃね?」
「…………」
「…………」
 ギルに旅の経験があることをすっかり忘れていた。思わぬ機転の効きっぷりに二人してポカンとしてしまう。
「……ほら、何とかなったじゃない」
「あなたが威張ってどうするんですか!」
 おまけにしてはやるじゃない、とギルを労うエリーを見ながら、タキは“今度から準備や確認は僕がしっかりやろう”と心に決めるのであった。

 

 

 島の東にあると言う旅の扉を当面の目的地に据え、物資の補給も兼ねて北方のレーベという村を目指すことになった一行。
「世界平和には、あまり興味がないの」
 道中、エリーがそんな事をいいだした。
 まぁそうだろうな、というのがタキの感想である。酒場での一件やこれまでの話しぶりを見ていて、彼女が勧善懲悪のまっすぐな心で魔王討伐に向かおうとしているとは到底思えなかった。
「そんじゃ、どうして旅なんかするんだよ? あんた結構いいとこのお嬢さんだろ」
「どうしてだと思う? 当てて御覧なさいな」
「んー、そうなぁ……わかった、“日常にスリルを求めて”!」
「20点」
「厳しい!」
 一体、彼女の基準は何点満点なんだろう。2人の後をついて歩きながら、タキも同様に答えを考える。
「じゃあ、“新たな出会いを求めて”!」
「15点」
「“自分より強い奴に会いたい”!」
「10点」
「わかった、“自分探し”だ!」
「5点」
「俺の点数ガンガン減ってくじゃねーかよー!」
「物量作戦にしたって当てずっぽうすぎるの。……タキ、あなたはわかるかしら」
「ええと、そうですねぇ……」
 一つだけ、思い当たる節があった。10年前に亡くなったアリアハンの勇者、オルテガ。フルネームは確か、オルテガ=オディール。
「……“お父様の敵討ち”でしょうか」
「…………」
 エリーは少し驚いたような顔をして、くすりと笑った。
「50点あげる」
「やったなタキ、俺の10倍だぜ」
「あはは、ありがとうございます……あの、50点というと?」
「半分は当たり。前情報なしで父にまで辿りついたのは評価してあげる」
 ギルにばしばし叩かれた背中をさすりながら、タキは言葉の続きを待つ。
「確かに、魔王討伐に初めて名乗りを上げて討ち死にしたオルテガは、私の父親よ。でも敵を討つつもりはないわ」
「まー確かに情にあついようにゃ見えねぇもんな、あんた」
「ちょ、ギル! 何てこと言うんですか……」
 実際そうだろ、と問い返されて言葉に詰まる正直なタキを、エリーは面白そうに眺めている。
「そりゃあ、情に篤いわけじゃないけれど……人並みに父のことは大切に思っていたわ。でも、それとこれとは話が別」
 確かにその言葉から憎しみらしいものは感じ取れない。父親の死に対して別段何も感じていないとすると……それはそれで、心に深い何かを抱えていそうではあるが。
「父は英雄だったの。世界の希望を一身に受けて、強大な魔王に立ち向かっていたわ。相当過酷な旅だったんでしょうね……6年間の旅の間、家に帰ってきたのはたったの1回だった。よく覚えてるわ」
 その“たったの1回”は、今までの旅の報告のための帰還だったという。集めた情報をもとに、魔王バラモスの城へ乗り込む最終報告である。
「父は城に行く前、母を連れていくために一度家に寄っていったの。2人が帰ってくるまで2時間かからなかったはずよ」
 思い出話でもするかのように、エリーは遠くを見つめた。
「そのとき私、6つになるかならないかくらいだったと思う。そんな子供でもわかるくらい、城から帰ってきた父は憔悴していたわ。普段と変わらない母とは対照的にね」
「……父ちゃんだけっつーのも妙な話だな」
「そうね。夕飯もろくに食べないままさっさと旅支度をして出て行ってしまったわ」
 とても6年ぶりの家族の再会とは思えない。話を聞くに、冷え切った家庭だったというわけでもなさそうだ。城に出向いた2時間の間に、“何か”があったと考えるのが妥当だろう。
「お父様と、その時何かお話されましたか?」
「したわよ……と言っても、大した話じゃないわ。“早く帰ってきてね”だとか、“私もお父さんみたいになりたいな”だとか、可愛げのある事を言ってたような気がする」
 子供然とした、ヒーローにあこがれる幼い気持ち。特になにか引っかかるものはないかな、とタキはエリーの話の続きを待つ。
「まるで内緒話でもするみたいに、父は言ったの。“エリー、君を連れていけなくてすまない……”」
 
「“早く逃げろ。この国は、狂っている”」

 一瞬、耳を疑った。
「言っておくけど、聞き間違いなんかじゃないわよ。昔から記憶力はいい方でね、一字一句覚えてるの」
 世界を救わんとする英雄が一人娘に最後に遺したのが、怨嗟にも似た言葉。あまりの急展開に、タキもギルも何の言葉も発することが出来ないまま、エリーの話の続きを待つ。
「私、父は自殺したんじゃないかと思っているのよ」
 またしても耳を疑う発言。
「捜索隊の調べじゃ、火山周辺に遺体はなくて、遺品は父の靴だけ……で、その靴がまた不自然なのよね」
「……不自然、というと」
「綺麗な状態で、二足とも残ってたっていうのよ。しかも、それぞれすぐそばに」
 おかしいでしょ、とエリーがこちらを振り返る。
「まー確かに、どんだけ激しく戦ったって両方脱げたりしねーよな……綺麗なら尚更」
「そうよ。自分から靴を脱いで火山に身投げしたんじゃなきゃ、ね」
「……それ、どなたかに相談したのでしょうか」
「できるわけないじゃない、父は“この国は”狂っているって言ったのよ。相談したところで、事実が揉み消されるか、私が揉み消されるかのどちらかだわ」
 ふう、とため息をつくエリーは、一通り話し終わってスッキリしたようだった。
 今日までずっと、孤独な戦いを続けてきたのだ。
 自分よりも若い女の子が、誰にも頼れないまま。
「私、父の死の真相が知りたいの」
 聞いたからにはダーマに着くまで協力してもらうわよ、とクールに言い放ち、彼女はすみれ色のマントを再び翻すのだった。