「むぅ~……」
町の外の大樹の下、日も暮れかけてモンスター達の行動が活発になりだす頃合いだというのに、それを気にも留めない少年が一人。
『えーっと……“いやしのせいよ、われのぞむ……かのみのけがれ、なんじのちからにて……きよめん、ことを”……ホイミ!!!』
たどたどしい詠唱の後、やけに気合の入った発動印とともに叫び声にも似た勢いで呪文を唱える。
―――しゅるるるぅ……
渾身の力を込めて唸り声とともにひり出す魔力は、気が抜けるほどに極僅か。悲しきかな、少年はとても魔法が苦手なのであった。
「……うぅ、上手くいかないなぁ。せめて初歩の初歩くらいはマスターしたかったんだけど」
天を仰いで、血が止まる程度にしか治らなかった腕のけがを憂う少年。大樹を背もたれ代わりに腰かけてもう一度練習がてら唱えてみるか、と思っていた矢先。
「アルス君」
後ろから聞きなれた声。振り返ると、見慣れたアイスブルーの長い髪が目に入る。
「こんなところにいたんですね。ご飯の時間なのに帰ってこないから、探しちゃいましたよ」
「ミラ! ちょうどよかった、これ治して! 僕じゃ無理!」
心配かけたことに対する謝罪が先でしょうに、と呆れつつも、ミラと呼ばれた少女は手早く魔力を練り上げる。みるみるうちに癒しの魔力がアルスの腕を包み込み、あっという間にケガなどなかったかのようなまっさらな状態になった。
「わあーやっぱ早いね。さすがはプロだ」
「ふふん、教会の娘がこのくらい出来なくてどうします」
えっへん、と胸を張るミラは、町の教会の一人娘であり、アルスの従妹にあたる存在だ。優秀な回復呪文の使い手で、先月からは城に召し上げられて宮廷神官の見習いとして働いている。自分の優秀さを鼻にかけない、真面目な少女である。
「ほら、もう暗くなります。帰りますよ」
「ああ待って、もうちょっとだけ! もうちょっとでコツがつかめそうなんだって!」
「なーにがコツだよ。あれだけ不格好なホイミのどこが“もうちょっと”なもんか」
再び後ろから声。振り返ると、今度はまだ見慣れていないブロンドのポニーテールが目に入る。
「あのなぁ、ただでさえ魔力の扱いヘッタクソなくせに詠唱うろ覚えの状態で発動なんかするわけねーだろうが。やるなら最低限魔力の練り上げ手順と詠唱の暗記くらいしやがれ、あほう」
「あはは……そばで見てたんなら言ってよ、クラウス」
「そばでは見てねーよ、遠くからグダグダなホイミが見えたからどうせそんなこったろーと思って指摘しただけ」
「なんだよそれ、見てないのにそんな文句言わないでよね」
「“そばで見てた”ように聞こえたってことは、実際図星だったんだろ」
アルスにズバズバと指摘を突き刺すクラウスと呼ばれた青年は、ミラと同じく先月から城で宮廷魔導士として働き始めたばかりだ。最高学府であるダーマ神殿ではずば抜けた成績を残しており、実力は折り紙付きの天才魔法使いらしい。正直とても優秀な人材だ、口の悪さにさえ目をつぶれば。
「もう先輩、その辺にしてください。アルス君もつっかからないの、魔法苦手なのは事実なんですから」
「へいへい」
「うう、ミラまで……」
ミラとクラウスはダーマでの学生時代に知り合いだったとのこと。学生時代がどうだったかは知らないが、クラウスが教会に下宿していることもあり随分と仲がいい。
町に向かって歩きながら、クラウスはアルスに問いかけた。
「つーかお前は魔法なんか使えなくたっていいだろ? 何のために俺たちがついてくと思ってんだよ」
「まあ、そうなんだけどね。でも自分で出来た方がカッコいいじゃん?」
「人間には得手不得手がありますから、そう無理をすることはないと思いますが……」
「そうはいかないよ。父さんは一人で何でもこなして、一人で魔王に挑みに行ったんだ。僕も勇者なら、きちんと一人でできるようにならなくちゃ」
アルスは、かつて魔王バラモス討伐に向かい、志半ばで命を落としたオルテガの子供であった。父の遺志を継ぐため、勇者として国を背負う立場にいる。魔法に関してはまだまだひよっこだが、剣の腕だけは国のどんな剣士にだって負けないくらいに強いのだ。
うーん、と思い切り伸びをして、空に向かって手を伸ばす。日は沈み、星空が顔を出してきている。旅立ちは明朝、アルスの誕生日である明日。今夜はきっと、わくわくと緊張で眠れないだろう。
「今日のご飯はご馳走ですって。きっと明日はバタバタしてお祝いできなさそうだからって、父が張り切ってました」
「ほんとに!? やった、叔父さんの作るケーキおいしいんだよね! 早く帰ろう! 早くっ!!」
「こら急に走るな、コケるぞ」
「うわああ!!!」
「ああほら、言わんこっちゃない」
「アルス君!? 大丈夫ですか……」
「待てミラ」
顔面スライディングをかましたアルスに駆け寄ろうとするミラを、クラウスが手で制する。
「え、でも先輩」
「いいから」
いてて、と顔を抑えて起き上がったアルスの前に膝をついたクラウスは、手を差し伸べるでもなく声をかけた。
「そのまま患部に手を当てとけ」
「え」
「魔力の練り上げと変換手順はさっきと同じでいい。ほら早く」
「え、え、まって、ホイミだよね、ちょっと待ってね」
「様式は回復三式、練り上げの精度はそこまで高くなくて問題ない。早くっつってんだろ」
「ええっと、ええっと……うん、できたよ」
「よし、あとは詠唱に従って魔力の誘導。患部に当てた手はそのまま動かさない、ほら唱えてみな」
「ええと、詠唱、詠唱……『いやしのせいよ、われのぞむ……』……続きなんだっけ」
「ああもうまどろっこしい! 復唱しろ、いいな!?」
「う、うんっ!!」
「『癒しの精よ 我望む』」
「『いやしのせいよ、われのぞむ』」
「『彼の身の汚れ 汝の御力にて清めんことを』」
「『かのみのけがれ、なんじのみちからにて、きよめんことを』」
「ほら発動準備整ったぞ、早く発動印切れ!」
「えーとえーと、こーしてあーして……『ホイミ』!」
―――パァァァ……
やわらかい光に包まれて、先ほどの顔の擦り傷がみるみるうちにふさがっていく。その様子を見ながら、クラウスはやる気なさげに頬杖をついた。
「手順さえ踏みゃ発動するんだ、別に素質がないわけじゃねーんだろ。要は慣れだ、慣れ」
「…………」
「……アルス君?」
「すごいっ!!!」
「うぉっ!!?」
突然飛びつかれてクラウスが尻餅をつく。はしゃぐアルスは汚れる服など気にも留めない。
「すごいすごい!! 僕、はじめてマトモに回復できたよ!! ありがとうクラウス!!」
「わかっ、わかった! わかったから!! 重いからどけ!!」
「えへへ、ごめんごめん。じゃあ行こっか、今日は僕の初回復のお祝いだ!」
「誕生日祝いじゃねーのかよ」
「ふふ、もうどっちでもいいんだ、うれしいから」
パタパタと軽快に走るアルスを見送りながら、クラウスは服をはたいて立ち上がり、ポリポリと頭を掻いた。
「……あれ、明日で16なんだよな」
「ええ、私よりも1つ上です」
「信じらんねぇ、あんな幼いのが勇者とか。大丈夫かこの国」
「とか言って、アルス君には甘いじゃないですか。私にはもっとスパルタだったのに」
「優秀な奴の指導すんのに甘やかしてどーすんだよ」
「……急に褒められるとビックリするからやめてください」
「お前が拗ねるからだろ」
ミラの頭をくしゃくしゃと撫でつけながら、クラウスもアルスの後をついて歩きだす。ミラも慌ててその後を追う。
早く早くとはしゃぐアルスの頭上には、彼を祝福するかのような満点に輝く星空。
やっぱり、今夜は眠れそうにないね。達成感とわくわくに満ちた心を抑えながら、アルスは空を見上げてにっこりと微笑んだのだった。
END
実はDQ3 100のお題に出てくる予定の子たちです。いつになるやら。
最後のワンライということで原点に立ち返った話が書きたかったので、旅立ち前の3勇者くんと仲間たちと、魔法の初歩の初歩のホイミの話を書いてみました。
魔法の発動の仕方とか妄想するのすごく好きなのです。詠唱とかそういう、厨二感あふれるの、ときめきます。
ちなみに仲間たちの性格は以下のようなイメージでおります。
・勇者アルス(16)…しょうじきもの+ねっけつかん
・僧侶ミラ(15)…ずのうめいせき+がんばりや
・魔法使いクラウス(18)…きれもの+おせっかい
キャラメイクが自由なのはDQ3の魅力ですが、一人一人に説明がいるのでワンドロには向かないことがよくわかりました……でも楽しかったです(・ω・`)