聖職者の使える唯一の攻撃呪文、バギ。
奇跡の御技によって巻き起された神の息吹で悪しきものに裁きを与える聖なる呪文、というのが神学校の呪術学の授業で習う大まかな呪文の概要である。
昨今の魔術科学の研究の発展により、先日の学会では術式による気圧操作で人工的に発生させたかまいたちが敵へのダメージに繋がるとの発表もあったらしいが、あくまで仕組みの一部でありダメージ源については諸説ある。
一部の宗教家からは“神の御技にケチをつけるとは何事か”と、研究そのものに対する紛糾の声も上がってきている。術の研究を進めたい魔術師と神の尊厳を守りたい聖職者の対立は深まる一方だ。
「……気圧操作、ねぇ」
宿の朝刊をコーヒー片手に流し読みしていたククールは、独り言のように呟いた。
マイエラ修道院で学んでいた呪術学のおかげで、回復・攻撃・補助と、一通りのジャンルの呪文の扱いの心得はある。もちろんバギもその中の一つだ。
この通説が正しいのであれば、バギの呪文を使いこなすことで出来ることが結構あるのではなかろうか。
出来そうなことを頭に思い浮かべて指折り数えていると、寝ぼけた声が後ろから聞こえてくる。
「おはよぉ、ククール……今朝は早いんだねぇ?」
「おう。割と毎日早い方だぜ」
「そーなんだ……意外だよ、真面目なんだね」
「レディより先に起きて朝食の準備してやると次に繋がりやすいんだよ。あと起きぬけの女同士のトラブルから逃げやすいのもある」
「ああ、動機は不真面目なんだね……」
エイトは目を擦りながら洗面台に向かう。隣のベッドのヤンガスは、未だに大いびきで爆睡中だ。
「外、結構曇ってるねぇ」
「そーだな……ったく、辛気臭さに拍車がかかってんな」
窓の外はどんよりとした曇り空。道行く町の人々のモノトーンの服装も相まって、全体的に暗い印象が拭えない。
アスカンタが喪に服し始めてから、2年の月日が過ぎたと言う。昨日の夜のキラの話では、町の人々もこの淀んだ雰囲気に耐えかねているようだ。無理もない、一日滞在したオレでさえ不快でしょうがないって言うのに。
「この雲、どっちに行くのかなぁ。丘の方まで来なきゃいいけど」
「どーだかな。山の天気は変わりやすいし」
エイトは心配そうに空を見上げている。確かにこれから向かう“願いの丘”とやら、雨が土砂降りではたまらない。
ククールは、先程の朝刊を片手にふらりと玄関へ向かった。
「あれ、どっか行くの?」
「ああ、試したいことがあってな。すぐ戻る」
「今日は晴れてよかったね!」
「ホントにね。これなら月もよく見えるわ!」
「いやー、一時はどうなるかと思ったでがすよ。あの分厚い雲、絶対に丘の方にむかってくるんだと思ってたんでがすが」
「……ま、日ごろの行いがいいからな」
「よく抜け抜けとそんなこと言えるわね……自分の胸に手を当てて振り返るべきだわ」
「うん? 誰の胸に手を当てろって?」
「だぁーもうっ、寄るな触るな! 燃やすわよケーハク修道士!!」
「おお怖い怖い」
沈む夕日を見送りながら4人がワイワイと騒いでいるのは、キラの祖母に聞いた願いの丘の頂上。
エイトが危惧していた雨は結局降らず、この時期にしては珍しい雲ひとつない晴天のまま、一日が終わろうとしている。
「そういえば、ククール」
「ん?」
「今朝、朝刊持って外に出たじゃない。何してたの?」
「んー……実証実験っつーか……」
術式による気圧操作で人工的にかまいたちを発生させる。
そんなバギの術式の仕組みを少しだけ弄り回して、気圧の操作だけを抽出できるのなら、天気だって自由自在に変えることもできるんじゃないか。そんなことを、ふと思いついたのだ。
今日晴れたのはただの偶然か、自分の生み出した高気圧のせいなのか。実験が成功したかどうかは、判断がつかない。
「天気が良くなるおまじないみたいなもんさ」
「はー、かわいいことするんだねぇ」
次は気圧下げて雨でも降らせてみるかな。
そんなことを考えながら、ククールは浮かび始めた満月をぼんやりと眺めていた。
END
手当ての時空の子たちです。
敬虔な聖職者だとこういうことしそうになかったので、不良僧侶と名高いククールにバギで遊んでもらいました。
風の呪文、妄想がはかどってとても好きなのです。
かまいたちやら真空波はもちろんのこと、上記のとおり気圧操って天候操作が自由自在とか、局地的に気圧下げて敵を窒息させるとか、風使いなら空も飛べるとか!!
ひゃあー厨二病!!