DQ5  砂漠と思いやり

 じりじりと、真夏のように肌を焼く太陽。この時期、サラボナならまだ羽織物がいるくらいの気温のはずだわ。
 眩暈がしそうな日差しを日傘でくるくるとさえぎりながら、デボラはせわしなく動き回る砂漠のキャラバン隊を眺めていた。テルパドールを目指して砂漠の大陸に降り立ってから、まだ半日と経っていない。故郷の温暖な気候を思い出しながら、デボラは噴き出る汗を拭う。
「……だいたい、アイツが遅すぎるのがいけないのよ」
「行ってから結構経ったよなー?」
「長いおしゃべりですねー」
 いらつくデボラの隣で、ブラウニーのブラウンと、スライムナイトのピエールが相槌を打っている。
 この砂漠を素人だけで渡りきるのは無理だ、と着いて早々に判断したリュカは、出発予定のキャラバン隊に同行の交渉に行ってしまった。仲間の魔物達と馬車の近くで帰りを待っているのだが、なかなかリュカは戻ってこない。
「このデボラ様を待たせるなんていい度胸だわ、帰ってきたらお仕置きが必要ね」
「お仕置きって何すんだー?」
「僕の相棒でぷにぷに地獄ですかねぇ」
「……それは、お仕置きと言うよりご褒美かしらね」
 毒にも薬にもならないような会話で、うだるような暑さをごまかす。試しにピエールの相棒スライムに触れてみると、ぷにぷに感は変わらず少し生ぬるくなっていた。

「やー、待たせたな」
 後ろから聞き慣れた声がして、振り返る。
「待たせてる自覚があるなら走って来なさ……何、その荷物」
「同行する人達の中に行商人がいたから。必要そうなもの買って来たんだ」
 リュカが山ほど抱えているのは、水や食料、あとは夜を越すための簡易毛布である。
「こんなに暑いのに、毛布がいるんですか!?」
「日差しが無くなると、遮るものが何もないからすごい冷たい風が吹くんだとさ。寒暖差で体調崩さないようにって言われて買ってきた」
「ふーん。人間って物知りなんだなぁ」
 荷物を手分けして運ぶ魔物達を見ながら、水運びくらい手伝うべきだろうかと立ちあがると、リュカがこちらに駆け寄ってきた。
「これ、アンタの分」
「……何これ、帽子?」
 手渡されたのは、何の飾り気もない、雑な作りの皮の帽子。
「売ってたから、一応な。この暑さで熱中症になったら……」
 そこまで言いかけて、リュカは言葉を止める。上から下までデボラを眺め、しまった、と声を漏らした。
「……日傘があるなら、いらないじゃないか! ああ、すっかり忘れてた」
「とんだ無駄遣いじゃない。下僕なら下僕らしく、主人の恰好は覚えておくべきだわ」
「はいはい、あーもー、余計な金使った……!」
 めずらしくうっかりなリュカは、皮の帽子代を思い返して頭を抱えている。砂漠での無駄遣いはなかなか痛かったらしい。
 ……熱中症になったら、ねぇ。
 デボラはおもむろに、お気に入りの日傘をしまう。そして、邪魔になった薔薇の髪飾りを外し、下ろした長い黒髪の上に、無骨な帽子を身に付けた。
 取り出した手鏡に自分の姿を映し出すと、ばっちりメイクにお気に入りのワンピース。その上に、どうしても帽子が浮いている。
「ふふ、ホントに酷いデザイン。作った人間のセンスを疑うわね、まったく」
「文句なら行商人に言ってくれよ。帽子なんてそれしかなかったんだから」
 苦笑いのリュカを尻目に、デボラはおしゃれな日傘の生地のよれを直して留め具とパチンと止める。
 豪華でセンスのいい、着心地を無視した高価な洋服。キラキラした宝石の付いた、使いにくい小物。両親がデボラに買い与えたものは、そういったものが多かった。
 おかげでいいものを見抜く目は養われた。もちろん感謝している。
 ……しているのだけれど。
「……日傘、ささないのか」
「気分じゃなくなったの。なあに、下僕のくせに口答え? 偉くなったものね」
「いてて」
 気の優しい下僕の頬をつねってやる。
 どうやら奴も、おしゃれな日傘よりも自分のプレゼントしたダサい帽子を身に付けたあたしを見て、少なからず満足しているようだし。
 あたしの体調のこと気にしてくれて嬉しかった、なんてことは、言ってやらないことにした。

「ねえ、自分の分の帽子もあるんでしょ? さっさとかぶりなさいよ」
「……そりゃ買ったけど。でも、俺はターバンあるし」
「何よ、嫁一人にこんな格好させて恥ずかしくないわけ? アンタも同罪にしてあげる」
「いや、もうちょっと後からでも」
「つべこべ言わない! ほら、さっさと外す!」
「うわわ」
 トレードマークの紫色のターバンを引っぺがし、強引に例の帽子をかぶせてやる。
「ふふ、御覧なさいよ自分の惨めな姿を。お揃いでダサい格好なんて、まるでハネムーン旅行にはしゃぐ新婚のバカップルのようだわ」
「一週間後くらいに思い出して布団の中でバタバタするやつだな」
「きっと、どっちが言いだしっぺかで後から喧嘩するのよ」
「当時は感覚がマヒして何とも思ってないクセにな」
 くだらないやり取りに、どちらともなく笑い合う。
「バカップルらしく腕でも組むかい」
「暑苦しいからそれは却下」
「……何だ、つれないな」
 さっさと馬車に向かって歩き出すデボラの後ろを、苦笑いしながらついてくるリュカ。連れ添う姿は、さながら本物の夫婦のようだ。
 テルパドールまでの道のりは、長くかかっても数日。
 近付く別れの日を思いながら、デボラは帽子を深くかぶる。
 離れたくないという言葉は、水と一緒に飲み干すことにした。

 

END

 

 

 

あとがき

久々にうちの主デボかけて楽しかったです。
デボラのリュカへのときめきポイントは、こういう不意に見せる無意識の思いやりだったらいいなぁ、なんて思いながら書いてました。
信じられるか、コイツらこれでまだ付き合ってないんだぜ……!
名前もロクに呼んでないんだぜ……結婚してるくせに……!!
我ながらホント意味わかんない……!!

前にコイツらを「病み腹黒×素直クール」と括りましたが、未だに腑に落ちない。
何かいい括りはないものでしょうか。絶賛募集中です。