DQ4 甘くて優しい“ありがとう”を。

 人間という存在にずうっと憧れていました。

 手足が長くて、道具を使うのが上手で、おしゃべりも上手で、時々僕と遊んでくれることもある、人間という種族に。

 人間になれたらどんなに楽しいだろう。想像しただけで体がふわふわして、もっと高い所へぷかぷか浮かびたくなってしまいます。

 いわゆる彼らが言うところの、胸が躍る、ってやつです。僕に胸はないけれど、きっとそんな気分なのだろうと想像で補います。

 人間になるためには、もっと彼らを観察して真似っこする必要があると思いました。

 おしゃべりは聞こえる会話で勉強し、身のこなしも遠目で見ながら勉強しました。

 それでも人間にはなれそうになく、僕は現状を打破するための解決策を模索していました。

 そして彼に出会い、ほんの少しだけ勇気を出す決心をしたのです。

 人間の旅のお供をする魔物なんて、きっと世界中で僕が一番最初なんじゃないかな。

 隣を歩く寡黙な騎士を見上げこっそりと優越感を感じながら、今日も僕達の旅は続いています。

 

「久々の村だ、少し長めに休ませてもらおう。君もしばらく山越えが続いて疲れたろう?」
「はい! もうくたくたです!人間で言うところの、足が棒になる、ってやつですね!」
「……ホイミン。君の足はどれにあたるんだろうか」
「えっとですねー、これとこれと、この辺りです!」
 それからそっちとあっちとこの辺が手です、と説明しようと思いましたが、思いとどまりました。きっとライアンさんに触手の説明をしたって見分けがつきません、人間には手足が合わせて4つしかないのだから。
 僕のいた洞窟の近くにあった町は、イムルという町でした。僕にとってはたくさんの人間が集まる大きな町でしたが、ライアンさんに連れて行ってもらったバドランドはイムルと比べ物にならないくらい人間がいっぱいいて、びっくりするくらいに大きな町でした。
 今日訪れたこの集落は、イムルよりも人間の数が少ないです。きっと、こういうのは人間達からすれば「ド田舎」というのだと思います。
「まずは村の長に話をしに行こう。君が心やさしい魔物なのだということを伝えて、一緒の宿で休めるようにしてもらわなくては」
「でも、ライアンさん辛そうですよ? 先に宿で休んでおいたほうがいいんじゃないですか?」
「心配するな。これでもバドランドではなかなか優秀な騎士だったんだ、体力には自信があるさ」
 むきっとちからこぶを作るライアンさんの笑顔には、ちょっとだけ疲れが見えていました。
 それでも、旅慣れていない僕を気にして、気を遣ってくれる。
 ライアンさんは、優しくて力持ちな、僕の憧れの人間です。

 

 

 天空の勇者様の情報集めも兼ねて、この村には1週間ほど居させてもらうことになりました。
 ライアンさんが村の人たちに話を聞くために酒場や集会場に行っている間、僕は色んなところにお使いです。道具屋さんで薬草や毒消し草の補充をして、武器屋さんで剣の砥ぎ石と仕上げ油を買って、色んなところを走り回ります。正確には、ぷかぷか浮かびまわります。
 村の人たちは僕達に好意的で、明るく声を掛けてくれます。ライアンさん以外の人間と挨拶できる機会はそうそう無いので、できるだけいっぱい仲良しを増やしておきます。
 言語の上達のためには、生の“こみゅにけーしょん”とやらが一番手っ取り早いのだそうです。バドランドで見た看板に書いてありました。こみゅにけーしょんが何なのかはよくわかりませんでしたが、早いのならそれに越したことはありません。どうして生でなければいけないのでしょうか。焼いたらまずくなってしまうのでしょうか。
「おや、ホイミンちゃん。精が出るねぇ」
「あっ、八百屋のおばさん! こんにちはー!」
 食料の調達のために訪れた八百屋で店番をしている、元気なおばさん。彼女は特に僕と仲良くしてくれます。
「おばさんおばさん、“精が出る”っていうのはどういう意味ですか?」
「うん? そうだねぇ……一生懸命頑張っている人に使う言葉かねぇ」
 ならばここでいう“精”とはどういう意味なのでしょうか。頑張ると人間から妖精さんでも飛び出すのでしょうか。聞いてみようと思いましたがやめました。話がややこしくなるような気がしたからです。
「勉強になります」
「そりゃあよかった。そうだ、勉強ついでにもう一個教えてあげよう」
 そう言うと、おばさんは僕に銀紙に包まれた何かをくれました。空いた3つ程の触手で剥いてみると、そこには四角い形の茶色いかたまりが入っていました。
「これは何でしょう……おもちゃか何かですか?」
「ふふ、食べて御覧よ」
 おそるおそる口に含んでみると、無愛想な色からは想像もつかないやわらかい甘味。噛むごとにとろける触感、優しく絡まる苦みのアクセントもたまりません。ええと、要するに。
「美味しい……!!!」
「そうかいそうかい、喜んでもらえてあたしも嬉しいよ」
 けらけらと笑うおばさんの横で、僕は感激の渦に飲み込まれていました。
 いわゆる、ほっぺたが落ちそう、というやつです。ほっぺたなら僕にもあるので、その言葉の意味がよーくわかります。
「おばさんおばさん! これ、これは一体何ですか!!」
「チョコレートっちゅうお菓子だよ。今日はバレンタインデーだからね、大事な人に感謝をこめてチョコレートを贈る日なのさ」
「なんと!! 人間にはそんな素晴らしい日があるというのですか!!」
 この日のために人間になるのも悪くないかもしれない、という邪な気持ちが生まれかかったその時、僕は気がつきました。
「……“大事な人に感謝をこめて”…?」
「ああそうさ、日頃感謝の言葉が照れくさくて言えない間柄でも、チョコレートで代弁出来るって言う素敵な……」
「僕、買い忘れを思い出しました!! それではっ!!!」
「え、わ、ちょっと、ホイミンちゃん!?」
 おばさんの慌てた顔を横目に買物袋を携えて慌てて駆け出した先は、お菓子を売ってた雑貨屋さん。
 そんな素敵な“ばれんたいんでー”とやら、ライアンさんに“ちょこれーと”を渡さずしてなるものか!!
 突如降って湧いた楽しいイベントに意気込む僕に、おばさんの最後のぼやきは聞こえませんでした。
「そういえば……男女間で、というのを言い忘れたなぁ…」

 

 

 そんなわけで、いくつかチョコレートを用意してみました。
 雑貨屋のお姉さんに勧められるまま色々と買ってしまって、とっても高かったような気がしますが、些細なことです。
「ええと、いっぱい種類があって難しいけど……」
 まずはチョコレートに生クリームを混ぜて、四角く切り分けた“生チョコレート”、それから生チョコレートを丸くまとめて、普通のチョコでコーティングした“トリュフ”、ケーキの生地にチョコレートを混ぜて焼き上げた“ガトーショコラ”、ガトーショコラのチョコレートの含有量をさらに高めたものを、生焼け状態にして食べる“フォンダンショコラ”。色んな名前を覚えました。知識に偏りが出たような気もしますが、これも些細なことです。
「ライアンさん、喜んでくれるといいなぁ」
 並んだ包みから零れる甘い香りにニヤけていると、ガチャリと扉が開きました。
「ホイミンただい……ぬぉっ!!?」
 部屋に溢れるただならぬ気配に一歩引いたライアンさん。やっと帰ってきてくれました。
「わあ、おかえりなさいライアンさん!」
「ただいま……ええと、これは何だろうか」
「見ての通り、チョコレートですよ! 村の人から“ばれんたいん”を教わったので、買ってみました!」
「ふむ……そうか」
 ライアンさんは目がしらを押さえて、涙をこらえて喜んでいるように見えました。並ぶ愛らしいラッピングを見ながら消えた財布の中身を心配しているなんて、誰が思うでしょうか。
「あのっ、あのっ!! 今日は大事な人に、感謝をこめてチョコレートを贈る日なのだと聞きました! なので、これ全部ライアンさんに!」
「そうか、ああ……ありがとう、ホイミン」
 少し苦笑いをしながら、ライアンさんは並んだチョコレートを優しい目で眺めています。
 きっと、どのチョコレートから食べようかわくわくしているに違いありません。住民の口車に乗せられ買わされたわけではないのだけがせめてもの救いか、と安心した顔だなんて、誰が思うでしょうか。
 どれどれ、と爪楊枝で生チョコレートをつまむライアンさんは、その甘味に口元を緩ませていました。きっと僕が感じたあの衝撃的な美味しさを、ライアンさんも味わっているのでしょう。
「今時の菓子というのはこんなに美味いものなのか。馬鹿にしたものではないな……む」
 ああ、いいなぁ、美味しそうだなぁ。
 あの甘みと苦み、忘れられないくらい美味しかったもんなぁ。
 ぷかぷか浮かびながら垂れそうな涎を我慢していると、ライアンさんが爪楊枝に刺したチョコレートを差し出してくれました。
「さ、君も食べるといい」
「わーい、やった……あ、いや、ダメです」
「ダメ? どうして」
「だって、これはライアンさんに感謝を伝えるためのチョコレートですから! 僕が食べちゃうわけにはいきません!」
 ぷかぷかしている触手で自分の口を押さえて、強引に目を逸らします。でないと、ライアンさんの誘惑に負けてしまいそうです。
「……それなら、こうしようではないか」
 かがんだライアンさんが、僕の頬にぷにぷにと生チョコレートを押しつけました。
「買ったのは君だが、金の出所は私なのだ。私から君へのバレンタイン、ということでも差し支えあるまい」
 まぶしてあったココアパウダーが頬につく。舐め取ったそれは、案外ほろ苦い。
「いつも旅の手助けをしてくれてありがとう。私も感謝しているよ」
 ライアンさんは、やっぱりやさしい。そんな事を言われてしまったら、甘えたくなってしまいます。
 差し出された生チョコレートのほのかな香りが鼻腔を突き、僕の我慢を瓦解させます。欲望にあらがうこともできない僕は、とろける甘さをもう一度味わうため、おずおずと控えめに口を開けるのでした。

END

 

 

あとがき

ホイミン可愛い。ライアンさんも可愛い。この二人は見てると幸せな気分になれます。
ちなみに、ちょいちょいホイミンが小難しい言葉使ってるのはわざとです。ホイミンはちょいちょい世間と常識がずれているとはいえ、ライアンさんより頭のいい子であってほしいなぁという私の希望です。
ひねくれキャラが好きな私でしたが、彼らのとろけそうなピュアさに戸惑い、新境地を開拓しそうな勢いです。
ピュアなおっさん+ピュアな子供モンスター、いいと思います。でも×ではない。あくまで+がいいです、この二人、もとい一人と一匹は。