Scarlet Honey【7】

「どうしてあんたと結婚したか教えてあげる。あんたがあたしに尽くしてくれそうな気がしたからよ」
 カジノ船での豪華な結婚式を終えて、ルーラで魔力を消費しすぎたリュカがサラボナで倒れた一日後。
「だから、これからあたしに尽くしてもらうためにも、あんたの旅についていくことにしたわ。いいわね?」
「……いいわね、も何も」
 カジノ船の往復で大量の魔力を使い意識が朦朧としていたリュカは、結婚式の最中も頭がふらふらしていて、式の記憶がはっきりしていなかった。目覚めて隣にデボラがいるのを確認して、どうやら計画が成功したらしいことだけ把握する。
「そんな説明でルドマンさん、あんたが旅に出ることに納得したのか?」
「まぁね。パパはあたしに関する全てを諦めてるみたいだし」
「……とんだ父親がいたもんだな」
 リュカが目覚めたのはルドマンの別荘にあたる小さな建物だ。小さな、といっても一般家庭の一戸建てサイズは普通にあるのだが。
 大きなベッドの横で、小さな椅子に腰かけたデボラが結婚式後の詳細を教えてくれた。仲間たちが町の外で馬車と一緒に待機していることや、ルドマンが町中に紅白まんじゅうを配り歩いたこと、式に出席したビアンカやヘンリーはルドマン宅の護衛の兵士に送らせたから心配いらないことなど。正直ヘンリーやビアンカは護衛無しでも家まで帰れるような気がしないでもない。
「それと天空の盾だけど……」
「そうだ、盾っ!!」
「きゃあ!?」
「どうなるんだ、勿論もらえるんだよな!?」
 目を輝かせて聞くリュカに気押されてのけぞったデボラが、あんた子供みたいね、と呆れたように呟く。
「ちゃんと家の居間に飾ってあるわ。あとで自分で取りに来なさいよ?」
「うん……うん、ありがとう」
 やっと手に入った。父さんの望みに、また一歩近づけたんだ。
 自然と口から安堵に満ちた溜息が漏れる。
「…………」
「……何だよ?」
 デボラが不思議そうに、珍しくやわらかい瞳でこちらを見つめているのに気づいて、リュカは首を傾げる。
「あんた、そんな風にも笑えるのね。意地悪そうな笑顔しか見てなかったから意外だわ」
「……やかましい」
 照れ隠しにそっぽを向くと、デボラはくすくす笑いながらイスから立ち上がった。
「あたしは準備に時間がかかるから、先に屋敷に行ってるわ。そのだらしない顔引き締めてから来なさいよ?」
「やかましい」
 唇に人差し指を突き付けられて、とっさにニヤけた口を塞ぐ。
 一度本性見せたからって油断しすぎだ、しゃんとしろ。そう自分に言い聞かせながら。

 

 

「……結局その顔、どうにもならなかったわけね」
「……悪かったよ」
 ルドマンに天空の盾を貰いに……もとい娘さんをいただく挨拶をしに行ったリュカとデボラは、サラボナに長居する予定もないのでそのまま外に出ようと入り口の門に向かっていた。
「盾を貰った瞬間、あんた自分がどんな顔してたかわかってる?」
「……悪かったって」
「にぱぁぁっ、って無邪気に笑ったのよ。ついさっきの爽やかな好青年スマイルなんかどっかいっちゃってさ。盾目当ての腹黒性悪男だってバレても全然おかしくなかったわ。あの場でパパに気付かれなくてよかったわよ、ホント」
 もう気が緩んでいたとしか言えない。あの天空の装備をかたどっているらしい金と銀と緑の装飾を手にした途端、発作のように“素”が出てしまった。それに気付いてとっさに話題を変えてくれたデボラには正直感謝している。
 屋敷の人間数人がかりで渡された天空の盾は、手で持ち運べないため今リュカが背負っている。天空の剣同様、鉛の塊であるかのように重い。“お前じゃない”と拒絶するかのようにのしかかるその鈍い重みが、今のリュカには心地よかった。
 この時をどれだけ待ちわびただろう。
 やっと半分だ、父さん。

「幸せそうで何よりね」
 厭味ったらしくデボラが言う。だから悪かったってば、と再度リュカが謝ろうと思ったところ、デボラが呟くように不満を漏らした。
「こちとら不幸の絶頂だってのに」
「へ?」
 今まで自分のことしか頭になかったが、よく考えてみれば、屋敷を出てからデボラはずっと不機嫌だったような気がする。
「何、俺なんかした?」
「……その天晴な幸せっぷりに腹が立たないこともないけどね」
 見なさいよ、とデボラは顎で周囲を指す。言われてみれば、町の人間たちが好奇の目でこちらを見ているのに気づく。見世物扱いされるのが嫌なのか、と思ったが、彼女の口からそんな言葉は一切出てこなかった。
「あたしには、出て行ってくれるのが嬉しくてしょうがない、っていう目にしか見えないわ」
 寂しそうに、リュカにだけしか聞こえないような声で。
「自分で蒔いた種だもの、当然の結果なんでしょうけどね。それでも腹立つわ」
 全くもう、なんて苦笑いしたデボラが少しだけうつむく。
 ……しょうがないな。
 そんな顔されたら、辛くて泣きそうなの堪えてるようにしか見えないじゃないか。
「……よい、しょっ」
「きゃあっ!!?」
 リュカは後ろからデボラをひょいと横抱きに持ち上げた。周りから嬉しそうなどよめきが起ころうと気にせず、いままでデボラに合わせていた歩く速度を一気に速める。
「何すんのよ!?」
「さっさと出よう、なんか俺まで腹立ってきた」
「わざわざ抱き上げる必要ないじゃないっ!」
 プロポーズの時と同じくらい顔を真っ赤にしてじたばたするデボラ。しかし長旅で鍛えられたリュカに力でかなうはずもなく、腕の中でもがくだけに終わる。
 それにしたって、これだけでここまで赤面するか。
 抵抗を諦めて、あとでどつく、と悔しそうにつぶやいたデボラの声を聞いて、もしかしてこの人意外と免疫ないのか、とこっそりリュカは考えた。
 もちろん、どつかれたくはないので決して口には出さない。

 

 

 デボラが同行する期間は、最初の“契約”の時点では決めていなかった。
「少なくとも、ポートセルミで船をいただくまでは一緒にいてもらわないと困るな」
「そうね。海を越えちゃえばあたしも気が楽だわ」
 結局門を出た後に強烈なビンタを喰らったリュカが、自分の頬にホイミをかけながら思案する。
 ルドマンは天空の盾と娘以外に、天空の兜の情報と船までくれるという太っ腹な提案をしてくれた。世界をめぐるのに丁度船が必要だったリュカはもちろんそれに応じた。
「船を貰ってからはどうするのよ?」
「そうだな……とりあえず、教えてもらったテルパドールとやらに行ってみるよ」
「じゃあそこまでね。町まで送ってもらえば十分だわ」
「えーーー!? 短すぎだぞ、デボラー!」
 脇からにょきっと出てきたブラウンが、デボラのスカートの裾を引っ張って必死に抗議する。
「こらブラウン、わがまま言うな。彼女には彼女の目的があるんだから」
「でも、せっかく仲良くなったのによー……」
 ぶーぶー文句をいうブラウンを眺めながら、リュカは溜息をついた。
「あんた、いつの間にブラウン手懐けたんだ?」
「……ま、あんたのいない間にちょちょいのちょいっとね」
「ちょちょいのちょい、でコイツらが懐いてたまるか」
 いや確かに俺だって大した努力はしてないが妙に腹立つ、とリュカがよくわからない嫉妬を燃やしていると、ピエールがブラウンを宥め始めた。
「まぁまぁ。少ししかいられないなら、その分たくさん一緒に遊べばいいじゃないですか。ね、デボラ?」
 あぁコイツも懐いてんのか、すごいな全く。
「そういってもな……ここからルーラで飛んでいけばすぐにポートセルミだぞ? 船旅だって多く見積もって1週間あるかないか……」
「えー……」
「ぴきー……」
「めきー……」
 ピエールと一緒に相棒も、さらにメッキーまで落胆したかのようにうなだれる。一気に4匹も手懐けやがって、この魔性。
「……ねぇ。それなんだけど」
 仲間たちのコントのようなやりとりを馬車の上からぼんやり眺めていたデボラが口を開いた。
「一つだけ、契約に追加してもいいかしら?」
「……内容によるな。言うだけ言ってみ?」
 口を動かす前にデボラが、ちら、とモンスターたちを見る。
「……船に乗る前に少しだけ一緒に旅させてほしいの。一つの国に居着く前に、世界ってものを見ておきたいから」
 別にあんた達のためじゃないからね、とデボラが釘をさすも、聞く耳持たず。
「じゃあいっぱい遊べるな!?」
「もちろんOKですよねリュカ!?」
「ぴきっきー!?」
「くぁー!?」
「わかっ、わかった! 一緒に行くから、行くから乗るな!! 重いわお前ら!!」
「わーい!!」
 文字通りリュカに畳みかかったブラウンたちは、リュカの言葉に飛び跳ねて喜んでいる。なんだなんだ、こんな団結力初めて見たぞ。
「いってー……」
「……ねぇ」
 やっとのことで起き上がったリュカに、初めて見るような少し控えめな態度でデボラが話しかける。ああ、こうしてみると確かにフローラさんと似てるな。
「ホントに行ってもいいの? 遠回りすることになるけど」
「遠回りだけだ、逆走するわけじゃないだろ? それに一緒に行かなかったら、あいつら暴動起こすぞ」
 むしろ断わった方が逆走になりそうだ、などと気を抜いていたら、
「……ありがと」
 不意打ちのように感謝の言葉。
「大丈夫、あんたの足手まといになる気はないから。安心なさい?」 
 そんな風に、赤いルージュの映える唇でニッと笑う。
 リュカが一瞬固まったのには気づかなかったようで、デボラはブラウンの頭巾を直してやるためにモンスターたちの所へいってしまう。

 ……くそぅ。
 仲間取られたうえ、俺まで見惚れてどうする。
「……ちくしょうめっ」
「がうぁー!?」
 なんだか無性に悔しくなって、リュカは呑気に毛づくろいしていたゲレゲレに抱きついてそのイライラをやり過ごした。