テルパドールから船で東へ向かうリュカ一行。
「リュカ」
休憩がてらリュカが甲板でぼんやりと空を見上げていると、後ろから声が聞こえたので振り返る。
「……あぁ、何?」
「そろそろ夕ご飯だから呼んできてくれってコックが。あたしを雑用に使うなんていい身分だわ、全く」
「仕方ないだろ、クルーはみんな忙しいんだから」
わかってるわよ、とぼやきながらデボラがリュカの傍にやってくる。背中越しにひょいとこちらの手元を覗いて首を傾げた。
「何してたの?」
「武器の手入れだよ。いくらピエールやゲレゲレが賢くても、剣とか牙の刃を研いだり、油を塗ったりは難しいらしいから」
「ふぅん」
ブラウンの大かなづちのグリップに新しい白い布をきつく巻いてしっかり縛る。これであいつらの武器は全部手入れし終わったかな。
振り返ると思いのほかデボラの顔が近くにあって驚いた。はねた心臓の音は潮騒にまぎれて聞こえなかったらしい。
「自分の事は全部自分でやってるかと思ってたわ。そうでもないのね」
「そりゃあな。飼い猫に“自分でコップに牛乳注いで飲め”って言ってるようなもんだし」
慌てて立ち上がる。真っ赤な夕日が世界を照らしているので顔の火照りはどうやら隠せそうだ。
「魔物使いも大変ね。誉めて遣わすわ」
「ははは、ありがたき幸せ」
からかうようなデボラに、いつもどおりにへらへらと笑みを返しておく。本心を隠すのに慣れているといっても、それはこちらが優位に立っている場合だけ。自分が相手よりも弱い立場にいるというのはなかなか稀なので、笑顔がどうしてもぎこちなくなる。
いつぞやメッキーに怒鳴りつけられた時の、“根性無し”という言葉が身にしみる。
やることやったくせに、手ぇ繋ぎたいの一言もろくに言えないとか。こんなに自分は弱かったのかと少し落ち込む。
片付けてから向かおうと思い、ガチャガチャ音を立てて手入れの終わった武器を棚にしまう。
するとぼんやり眺めていたデボラが、あら、と嬉しそうな声を上げた。
「ねえちょっと、あっち見てみなさいよ」
指差したのはメダル王の小ぢんまりとした城の方角。ちょうど日が沈んできていて、太陽と城が綺麗に重なっている。なかなか見ることの出来ない見事なシルエットだ。
「おお、こりゃ絶景だな」
「もっと近くで見たいわ。ほら、行くわよ」
そういってさりげなくリュカの手を引き、甲板の舳先近くまで引っ張っていく。一番見やすいところに着いても手は離されない。
まさか、わかっててわざとやってるんじゃないだろうな。もしそうだとしたら末恐ろしい。
「サラボナに閉じ篭ってたら、こんなの一生見られなかったわね」
嬉しそうにデボラが呟く。さりげなく、指を絡ませながら。
ホントこの人ずるいな、と必死にリュカは平静を保つ。横顔が夕日に照らされて、一瞬絵画か何かに見える。
「わかりづらいかも知んないけど、結構感謝してるのよ?」
「あぁ、知ってる」
「だったらもっとありがたがりなさいよ。あたしがここまで素直になるなんて滅多にないんだからね」
うわー何それ。“あなただけ特別よ”って変換していいの俺。
「ありがたがってるって。神様仏様デボラ様って感じで」
「ふふ、適当なことばっかり言って……まぁいいわ」
楽しそうに、デボラの赤い唇がニッと持ち上がる。待てって、それに一番最初に惹かれたんだ、いまそんな顔するな。
「いいもの見たわね。本当に綺麗」
その呟きに、リュカは少し強めにデボラの手を握り返す。くそ、このまま負けてたまるもんか。
やられっぱなしは、悔しいから。
「君の方が綺麗だよ、デボラ」
全力投球で、甘い声音と爽やかスマイルのダブルコンボ。
「……なんつって」
苦笑いでお茶を濁して攻撃をガードする。しかしそれも、プニ、と人差し指で頬をつつかれて瓦解する。
あぁ、そのむすっとしながら目を逸らすのやめてくれ。一番弱いんだよ、その照れ隠し。
「ばか」
二文字でこの破壊力。ちくしょう。
「呼びにいけないなぁ……」
「くあー……」(あの空気はどうあっても壊せないわね……)
「どうするメッキー?みんなお腹空かせて待ってるぞ?」
「めきゃきゃー、めきー」(先にこっちで食べちゃいましょうか。無理でしょあんなの)
「そうだなー。おいらもうお腹いっぱいだぁ……」
「めっきっきー」(口から砂吐きそうね)
普段は世話を焼いている仲間達が、空気を読んで主人をいたわっていることなど、リュカは知る由も無かった。
END
10000hit記念企画で書かせていただきました!リクエストいただきありがとうございます。
リクエスト内容は「主デボで甘めな番外編」でした。甘さ30%増量くらいのつもりで書きましたがいかがでしたでしょうか。
Scarlet honey 後のお話。テルパドール出た後の船旅での日常です。無自覚で攻めるデボラさんと、完膚なきまでに叩き落されるリュカの図でした。なんというバカップル。
お前ら何処航海してんのとか、メダル王の城の東って浅瀬じゃなかったっけとか、そういうのはあの、ちょっと、アレなんで、気にしない感じでお願いします……。