Crimson Darling【9】

 全身が凍りついたかのように一切身動きの取れない状態で旦那と引き離され、薄気味悪いオークションで売り捌かれ、挙句怪しい宗教の神殿に連れ込まれた時は全く生きた心地がしなかった。
 ……そもそも今の状態で“生きている“なんて言えたもんじゃないわね。前髪を掻き上げようとした左手はまだ微動だにしない。気の短いデボラも、さすがに10年経てばこの感覚にも慣れてくる。

 ゲマの石化の術が不完全だったのか、デボラの意識は石になっても途絶えることはなかった。かれこれ10年もの間、デボラは神殿で“シンボル”として光の教団の動向を観察していたことになる。
 デボラの石像は教団の上層部が使う執務室に置かれていたため、教団の情報はすべて筒抜けだった。奴隷の調達情報も、各大陸のモンスターとのネットワークも、光の教団に通じている各国の重鎮の名前と顔も、神殿完成後に奴隷は人柱として全員始末するという計画も、すべて。
 “すべてはミルドラース様の名の下に”
 そんな合言葉を奴らの口から嫌というほど聞いた。ミルドラースという聞き覚えのない言葉は奴らの崇める邪神の名前なのかと思っていたが、どうも魔界に実在する人物らしい。光の教団の教祖であるイブールは、奴の直属の部下であると同時に魔界とこの世界をつなぐ伝令役も兼ねていたようだった。恍惚とした表情で奴の神託を聞く幹部共の顔に何度虫図が走ったことか。

 数年に一度建設中の奴隷の士気を上げるためだかなんだかで外に置かれることもあり、奴隷達の惨状を見ることもあった。老若男女問わず容赦なく鞭うたれる様を、為す術無く見つめるしか出来ないのはかなり応えた。
 ここが、リュカの育った場所。途切れることのない意識の中で、せめてデボラは繰り広げられる光景を目に焼き付けた。
 自分のために傷つくな、とかアイツは言ったけど、痛みを共有する位なら許されてもいいはずだわ。
 もう会えるかどうかも分からないのだから。

 

 

 最期を覚悟した矢先に駆け付けてくるのは、もしかしてわざとなのかしら。
 そんなわけないわよねぇ、と目の前で繰り広げられる戦況を悠長に眺めながら、デボラはいつかの誘拐事件を思い出す。あの日も確か、ジャミに殺されてやろうと思った途端に助けに来てくれたような。
 まるで童話に出てくる王子様だわ、と考えかけてからリュカが実際に王家の血筋を引いていたことを思い出す。名実ともに王子様なんて、随分とまぁあたしにふさわしい人間だこと。
 モシャスを解いたラマダの巨体が暴れまわる音は地下の上層部の部屋にも届いたようで、危機を察した衛兵や幹部モンスター、果ては教祖であるイブールまで出てくる大騒ぎになり、祭壇の間は戦場と化した。さすがの奴隷達も洗脳どうこうに関わらず外へと逃げ出したらしい。
 数では教団側に分がありそうに見えたが、実力差でリュカ達が戦いを圧倒している。
 メッキーが凍りつくような息の攻撃で全体にダメージを与え、ピエールの剣戟と相棒のイオラの追撃であらかたのモンスターを片付け、体力のあるモンスターにはゲレゲレとブラウンが二人がかりで攻撃を仕掛ける。相変わらず、ずば抜けたコンビネーションだ。
 槍一本で3体のモンスターと互角に渡り合っている青年は見慣れない顔だが、雑魚傭兵を爆風で蹴散らしているリュカに似た瞳の少女は、きっとアンネリータだろう。そうすると今しがた巨大な剣でラマダにとどめを刺したつり目の少年はイーシュタインだろうか。二人とも無事に大きくなったようでなによりだ。

“……予言どおりに、天空の勇者は産まれてしまったようだな……”
 イブールが、イーシュタインに目をやって呟く。リュカの容赦ない攻撃が応えているようで、痛めた片足を地面について満身創痍だ。
“やはり私の力では、ミルドラース様の予言を覆すことは……出来ないのか……”
“御託はいい“
 息を荒げるリュカが、土埃にまみれた石像のデボラを後ろ手で庇う。祭壇から見下すリュカの声は偽の母親に向けたものと同じ、未だ氷のように冷たい。
“デボラの石化の術を解け、要件はそれだけだ”
“……マーサは、魔界に……ミルドラース様の元で生きている……”
 リュカの声が聞こえているのかいないのか、朦朧としながらイブールは続ける。
“私には…あの女の考えがわからない……素直に従えばいいものを……人も魔物も等しくあれ、などと……相も変わらず甘いことを……”
“さっきから何を無駄口ばかり”
“黒曜の瞳も頑なさも、母譲りか……どこまでも憎らしい……”
 眩しそうに細めたイブールの瞳は、虚ろでありながらどこか郷愁に浸っているようにも見えた。イブールが鱗に覆われた人差し指を静かに天へ伸ばすと、キィン、と澄んだ金属のような音と共に鋭い閃光が祭壇ごとデボラを包む。
“デボラ!?”
 焦るリュカの声が聞こえたが、デボラは突然溢れてきた魂と生命の奔流におぼれそうでそれどころではない。
“行くがよい……どの道、貴様ら一族は……ミルドラース様により、滅ぼされる運命なのだ……”
 解呪にすべての力を使い果たしたイブールは、怨嗟でも憤怒でもなく、少しだけ羨望を込めた声でそう呟き、泥のように溶けていった。

 体の中をめちゃくちゃにかき乱していたエネルギーが全身に沁み渡っていく。
 どうやらイブールの解呪はきちんと成功したらしい。石像だった器に魂が満ちていくのを感じる。
 リュカは倒したイブールに目もくれず、石のままのデボラの肩を掴んで必死な顔をしている。今までデボラが見ていたリュカからは想像もできない焦りぶりだ。予期しない所で面白いものが見れたわ。チゾットで見損なった慌てぶりが、こんなところで見られるなんて。さっきまでの冷静さは何処にいっちゃったのかしらね。
 肌に色が戻ってくる。風で自慢の黒髪がなびく。神経が働き出して、指先がぴくりと動いた。
 目に入る光がまぶしく見えて瞬きすると、ようやくリュカが笑顔を見せた。
「デボラ……」
 天空の盾が手に入った時の、無邪気な笑顔に似ている。
 心なしかそれよりももっと優しく穏やかに見える、なんて、自惚れかしら。
「…………」
 返事をしたいのに、急激な疲労で体に力が入らない。ガクンと膝からくずおれるデボラを、そのままリュカが抱きとめる。
 久しぶりの体温を感じる。声がまともに出ないデボラは、返事代わりにその筋肉質な体を抱きしめ返した。
「……うそつき……」
 震える声でリュカが呟く。
「“どこにも行かない”って言ったろぉ……」
 肩に冷たい雫が伝う。夢じゃない。
 やっと、戻ってこられたのだ。
「……無茶言わないでよね……」
 泣き笑いのリュカの頭を、デボラは今度こそ撫でてやった。

 

 

「あたし、アンタはもうすこし賢い人間だと思ってたのよ」
「……」
「計画性は高いし予測能力も申し分ないし。手段を選ばないやり口も結構買ってたわ」
「…………」
「それが、目先の物事にとらわれて本来の目的を見失うだなんて……」
「………………」
「全く、国王陛下ともあろう御方が聞いて呆れるわね」
「……あーっ、もう!! にやにやにやにやしてんじゃねぇっ!!」
 横抱きにデボラを抱えたリュカがとうとう堪え切れずに吠えた。
 ストロスの杖で強引に解呪するのと上級術師の正式な解呪とでは体にかかる負担が格段に違ったらしい。10年積み重ねた疲労は残っているものの、デボラはリュカのようにその場でぷっつり意識を失うようなことにはならなかった。さすがにまだ歩けるほど体調は持ち直していないが、憎まれ口を叩くには十分だ。
 苛立つリュカは、神殿での戦闘で疲弊しきった仲間達を乱暴に回復していく。久々に交わす会話のテンポが変わらないことにデボラは少し安堵していた。リュカの太い腕に収まりながら、デボラは祭壇で祭られていた時に聞いたリュカの口上を思いだす。
“俺ンだ。気安く触んじゃねぇよ”
 石像のデボラを壊そうとした母親に言い放った強烈な一言。
“もうお前を母親とは思わない。イブールは後だ、まずお前から始末してやる!!”
 親子の感動の再会とは到底思えないわ。デボラの口元が自然とほころぶ。
 要は、嬉しいのだ。ずっと探し求めていた人生の目標を捨ててでも、自分を助けようとしてくれた事実が。
 もちろん母親を殺そうだなんて褒められたもんじゃあないが、それとこれとは別問題だ。リュカは真っ赤になった顔を隠すことを諦めたらしい。照れ隠しだろうか、言葉の乱暴さに拍車がかかっている。
「あー恥ずかしい!! もー恥ずかしい!! 何でだよ、何で全部聞こえてんだよぉぉぉ!!」
「さぁね。石化の術が甘かったんじゃないかしら、身動きとれなくてもずっと意識はあったし」
「そういうこといってんじゃねぇよ!!」
「じゃあ何? 聞こえなかったふりでもすればよかったかしら?」
「どっちにしろ後々からかいの種になること請け合いじゃねぇか!」
「あらよくご存じだこと」
「……お前よくもそういけしゃあしゃあと……」
 二人の乱雑なやりとりが想像していた両親像とはかけ離れていたようで、回復を手伝うイースがおずおずとこちらを窺う。
「あ……あの、あのさぁ……お父さんもお母さんも、喧嘩しないでよ……」
「そうよねぇ。ほらリュカ、イースが怯えてるわ。もう少し声のトーンを押さえたらどうなの?」
「元凶が賢しげに何言ってんだ、踏み込んだ端から揚げ足取りやがって」
「元凶? よく言うわ、自爆したのはそっちでしょうがよ」
「……」
「……」
「…………ふふ」
 流れるような喧嘩腰のやり取り。楽しさよりも懐かしさが勝って、見つめ合っているうちに二人して笑みがこぼれた。
 突然笑いだした両親を見て、ブラウンの傷を癒すイースはぽかんとしている。
「……さっきまで喧嘩してたのに、なんで笑ってんだろう……?」
「リュカの奴、絶好調だなー」
「イースは初めて見ますもんね。あれはリュカとデボラの日常茶飯事ですから、今のうちに慣れとくといいですよ」
「ぴき、ぴっきー」
「うーん……わかっ、た……」
 回復の終わったピエールに諭されても、どうも釈然としないようだ。イースは考えるのを諦めて、今度はゲレゲレの治療に取り掛かる。無理もない、このテンポを理解できるのはどうせ二人だけだ。

 パタパタ、ガシャガシャ、と足音が二つ聞こえる。何やら大事そうに持っているアンナと、へばっていたメッキーを抱えてきたピピンだ。
「リュカ様ー、神殿内部の見回り終わりました! 中はもぬけの殻で人っ子一人いなかったので、教団幹部は祭壇の間で倒した奴らで全員だと思います!」
「おう、ご苦労さん。移動系呪文での脱走は見落としないな?」
「そちらはアンナ様に確認していただきました。大丈夫でしたよねっ、アンナ様!」
「ええ、魔法陣の痕跡もキメラの翼の反応も無かったし。残党が逃げ出した形跡は見当たらなかったわ」
「わかった。じゃあメッキー回復するからそこに……何だよ?」
「……いいえ、別に。徹底してるな、と思っただけよ」
 抱きかかえられたまま、デボラはリュカの隙のない指示を感心しながら眺める。日ごろの魔物達とのやり取りを見ていて人使いの上手さはわかっていたつもりだったが、部下にも娘にもしっかりリュカが扱いやすいようにやり口を仕込んでいるのに驚く。アンナに至ってはまるでリュカがそのまま小さくなったような徹底ぶりだ。さすがというべきか、そこまでするかというべきか。
「ねぇお父さん、これ……一番奥の部屋で見つけたんだけど」
 そう言ってアンナが差し出したのは、緑色の宝石がはめこまれた指輪だ。
「すごい魔力の波動だったから、気になって持ってきたの。それに、お父さんとお母さんの結婚指輪に似てるな、って思って……」
「ほう、どれどれ……」
 リュカはアンナから受け取った指輪をしげしげと観察する。確かによく似てるわね、と自分の薬指と比較するデボラは、ふとその指輪に見覚えがあるのを思い出した。
「ちょっと! それ、見せてみなさい」
「あ? あぁ、構わんが」
 リュカの手から指輪を奪い取り、デボラは直に宝石に触れて魔力の波動を感じ取る。これを見たのはつい最近、一週間ほど前の事だ。
「これ、イブールが持ってたものだわ……何日か前、ミルドラースとのコンタクトから帰ってきた時に、応接室で長いことこの指輪を見つめてたの」
「じゃあその指輪、ミルドラースの物かもしれないってこと? お母さん、もっと詳しく思いだせない?」
「そうねぇ、ミルドラースの物と断定は出来ないけれど……魔界から送られたものだとは思うわ。“私の考えが間違っているわけがない”だの、“マーサは何故ああまでして教義を拒むのか”だの、ブツブツぼやいてたくらいしか覚えてないけど」
 爬虫類のような黒光りする鱗に包まれた魔物然としたフォルムだったイブールだが、そこらの魔物と同じようにミルドラースを崇拝しているだけには見えなかった。どこか人間臭い、意地や見栄をに縛られた面が見え隠れしていたような。
「ねぇリュカ。あんたのママとイブールの間に、何か繋がりとかあったんじゃないの?」
「繋がり? ……何でそんな風に思うんだよ」
「何でって、散々アイツそれらしいこと言ってたじゃない」
「そうだったか?」
「……あんた、聞いてなかったの?」
「全然」
 リュカは、何を言っているのかさっぱりわからない、とでも言いたげにキョトンとしている。こいつ、死に際のイブールの言葉とか聞いてなかったわけ? それはあたし以外何も見えてなかったってことでいいのかしら? まぁ、からかうのはいつでも出来るんだし後にするにしても。
「とにかく持ち帰るに越したことはないわね。魔界への取っ掛かりにでもなるかも……」
 そう言ってデボラが指輪を返そうとした、その時。

―――パアァァ……!!

「きゃあ!?」
 突然光り出したのにびっくりして取り落とした指輪は、そのまま宙に浮きさらに光を強める。

『……カ……リュカ……』

 指輪の放つ光から声が聞こえる。
「……母さん?」
 ぽつりとリュカが呟く。しっかり耳を澄ませてみると、徐々にノイズが晴れていくその声は確かに先程ラマダが模していたのと同じもの。

『……ああ、リュカ……! 私の声が聞こえるのですね!』

 光から響く声は安堵で泣きそうに震えている。

『あなたの大きくなった姿を、この母はどれほど見たいことでしょう……しかしそれは叶わぬこと……』

 決意に満ちた、凛とした力強い声。声質は同じでも、聞こえ方が全く違う。

『リュカ、魔界に来てはなりません。たとえ天空の勇者と言えど、ミルドラースには敵わないでしょう』

「母さん!? 何を……!」

『この母の事などお忘れなさい。ミルドラースは命に代えても魔界からは出しません……そちらの世界で、家族で仲良く暮らしなさい』

 光が徐々に弱まっていく。時間切れなのか、再び声にノイズがかかってくる。
「待て! 待ってくれ母さん、なんでっ!!」

『……さようなら……リュカ……』

 プツンと光が途絶え、同時に声も聞こえなくなった。力を失った指輪が床に転がる。
 今まで人生を賭して探してきた母からの唐突なシャットアウト。あれだけ強大な教団を壊したリュカ達の実力を見ておきながら、敵わないから諦めろ、などと。
「……ふざけるなよ」
 散々大勢の人間を振り回しておいて、随分なわがままだ。
「今さら忘れられる訳ないだろうが、散々探させておいて身勝手なことを……!」
 転がった指輪は光を失い、先程までの強烈な魔力は見る影もない。繋がっていた親子の縁さえ途切れてしまったかのように。
 あまりに一方的に告げられた最期。触れた手から、やり場のない静かな怒りが伝わってくる。
「……あのさぁ、お父さん」
 水を差すのを恐れるように、おずおずと切り出したのはイースだ。
「僕、お父さんも悪いんじゃないかって思うな……」
「……は?」
 イースは腑に落ちない様子でポリポリと頭を掻いた。息子の一言で、どうやらリュカはたいそう揺さぶられたらしい。
「悪い……? 俺が悪いって、どういうことだよ」
「だってお父さん、お母さんを守るのに必死で全然おばあちゃんのこと見えてなかったじゃない。“あのクソババアぶっ殺してやる”とか言っちゃってたし」
 どれだけ必死だったのよ。デボラが呆れて目をやると、リュカは言葉を詰まらせて顔を赤くし、苦々しげにそっぽを向いた。
「お父さんがあんなこと言うから、きっとおばあちゃん拗ねちゃったんだよ」
「す、拗ねた……?」
 突然でてきた可愛らしい語彙センスに、リュカは腰が抜けそうになっている。抱きかかえる手から力が抜けたからなんとなくわかる。
 そこに、考え事にふけっていたアンナが同調するようにポツリと呟いた。
「……あながち間違いでもないかも」
「間違いじゃないって……どうして、そんな」
「ほら、前にエルヘブンで聞いた魔界の門の話。3つの指輪がどうこうって話が気になって文献を漁ってみたら、お父さんとお母さんの結婚指輪とよく似た絵が載ってた資料があって。炎と水と、命のリングだったかしら」
 ここから先はもしもの話なんだけどね、と前置きしてアンナは続ける。
「その緑の指輪がおばあさまのもので、尚且つ命のリングなのだとしたら。お父さんに助けを求めるつもりで魔界からその指輪を送り込んだけど、見る限りどうもお父さんはお母さんにしか興味がないようだから、そっちの世界で幸せに暮らしてるなら、って思って“私のことは忘れて魔界には来るな”って言ったんだとしたら……ねぇ、イース?」
「ほらほら、やっぱり! 僕も、おばあちゃんばっかり責めるのは何か違うと思う!」
 異世界から声を届けられるほどの力の持ち主が、異世界を覗き見ることが出来ないとは考えにくい。マーサがこちらの世界を見ていたのなら、なるほど確かに筋が通っている。
 その双子の言い分に頷くピピンが、こそこそとリュカに耳打ちする。
「リュカ様、お袋って怒らせると結構根が深いもんですよ」
「……それは、あれか。お前んちに限らずか」
「ええ。基本、全家庭共通だと思います」
「そうか……はぁ……」
 気の抜けたリュカが、溜息をついてへなへなとへたり込んだ。血がのぼりかけた頭が冷えたと同時に脱力したようだ。もちろん、いい意味で。
 デボラがいない間もリュカは、こうして諌められたり励まされたり茶化されたりしながら、不安定さ加減を仲間達に支えられていたのだろう。すこしだけ疎外感を感じたデボラは、リュカの頬に手を添えて、くいとこちらに向ける。
「さぁ、リュカ」
 あらためて見る漆黒の瞳は、10年前よりずっとやさしい。
「ちょっと魔界まで、あんたのママに謝りに行きましょうか?」
 仲間外れになんかしないで、あたしにも支えさせなさいよね。
「……そうだな」
 ようやく微笑んだリュカが、拾い上げた母の指輪を空にかざす。
 太陽が澄んだ緑に反射して、キラリと光った。

END

あとがき

全体

 今回は、『嫁を奪われたうちのリュカが壊れないわけがない』というのが主なコンセプトだったように思います。

 前回のScarlet Honeyがデボラメインの話だったとすると、Crimson Darlingはリュカメインな話な感じ。
 3話目のリュカの情緒不安定さを書くためにはじめたようなものでしたが、どんどん書きすすめていくうちにリュカの暗黒面を掘り下げられて、書きながら色んなキャラに対して「コイツこんなキャラだったのか」と新しい発見をする、なんてことも多い新感覚な話でした。
 サンタローズへのタイムスリップの話は全然書く予定になかったこととか、8話目の神殿内でのリュカのはっちゃけは予定と全然違うキレ方だったとか、こぼれ話ならいくらでもあります。
 書いてる最中はキャラ達が好き勝手暴走するのについていくのが精いっぱいで、楽しかったり不安だったり忙しかったです。
 終わってみると凄く楽しんで書けたお話だったなぁ、としみじみ感じてたりします。

リュカ話

 お前の所為でどれだけ予定が狂ったと思ってやがる、このやろう(笑)
 前回は台詞どんどん出てくる優等生だったはずなのに、今回は何故だか流れを作ってみてもハマらないと一切台詞が浮かんでこない問題児でした。

 Scarlet Honeyの時にはデボラから見たリュカをイメージしていたので、「クールで頭良くてカッコいいスマートな5主」という意識で書いていたのですが、彼にスポットを当ててみたら全然そんなことなかったです。
 脆いくせに見栄を張ってかっこつけて、支えが無くなると途端に化けの皮が剥がれちゃう。
 欲しい物のためならなんでもする子供みたいな、いや、なまじ頭がいいから子供より厄介なロマンチスト。
 このリュカがビアンカかフローラのどちらかと結婚してたらと思うと、嫁もですが彼自身も不憫で仕方ないです。バッドエンドしか見えない(笑)
 ハッピーエンドでよかった、とか、書いてる本人が言う意味がわかりませんけれども。
 なんだか幸せにしてあげられてよかったなぁ、と思える人でした。

 彼のおかげで、自分なりに納得いく主デボ版DQ5が書けたんじゃないかな、なんて思ったりします。
 愛すべきひねくれものです。

デボラ話

 どうも最近、彼女はツンデレじゃないような気がしてきています。
 愛情があるのはお互い理解しているうえでの憎まれ口だし、別に照れ隠しで喧嘩腰なわけじゃないし。うーん。

 女王のような振る舞いなのにやたらと自己犠牲精神の強い子でしたね。
 きっとフローラへの愛情表現と同じものがそのままリュカにも適用されてるんだとは思いますが。
 リュカが助けに来てくれるって信じてるから何があっても落ち着いてるんじゃなくて、リュカなら自分の思っているように判断を下してくれるだろう、っていう考えで自分を殺せてしまう思いやりが行き過ぎた子なので、「そのうちデボラの方が病んじゃうんじゃないかしら」と書きながらハラハラしてました(笑)
 9話でリュカがデボラを助けに来るあの瞬間まで、リュカから向けられてる感情は「友情」や「信頼」だとばっかり思ってて、リュカにベタ惚れされてるのに気付かない鈍感娘。
 両片思いをようやく両想いにしてあげられました。よかったねデボラ様!

 原作デボラ様の面影がそろそろなくなりそうな勢いですが。
 このままラストまで突っ切るつもりなのであしからず。

仲間話

 仲間モンスターの出番が激減。仕方ないとはいえ、なんとなく申し訳ないです。
 うちのリュカが仲間にするモンスターは、最初から最後までピエール・ブラウン・ゲレゲレ・メッキーのみです。
 彼は広く浅くより狭く深くっていう信頼関係を築いてくタイプの人なので!
 新しく入れるとキャラ付けがめんどくさいってのもありますが!

 ピエールをとことん可愛い男の子にするように頑張ったり、相棒が何故かミステリアスな女の子になって困惑したり、ブラウンがやたら達観してきてて書きながらちょっと頼もしく思えてきたり、ゲレゲレが思った以上に男前になってドギマギしたり、メッキーの有能な秘書っぷりに家にも来ないかしらと妄想したり。語りすぎそうなのでやめときます。
 何だかんだ、リュカは双子やピピンよりも彼らを信頼してたんだと思います。
 その信頼に応えるような忠誠が彼らにもあったらいいなぁ。
 彼らの加入話とか、リュカとデボラが失踪してからどんな扱いをされてたのかとかは、番外編で書いていけたらいいなぁと考えてます。

 双子は趣味全開のオリジナル設定です。
 書いてく内に性格が変わってきてしまって、登場人物紹介が「嘘つけよ」状態になってるのがちょっと笑える。まぁ、大部分はあってるからいいか。

 イースの方は振り回され系苦労人。
 周りが個性強すぎるからなぁ……もっと無邪気な男の子にする予定だったのですが。
 いつの間にやらストッパー役に回る器用貧乏くんになってしまいました。
 そうです私の大好物です。(ぇ

 アンナが見る見るうちに参謀チックなちびリュカになっていったのには、読み返しながら笑ってしまいました。
 原作の面影が既に消え去ってます。
 頭がよくて度胸のある女の子も勿論私の大好物です。無意識に萌えに走ってたのかもしれない。

 両親への態度がちょっと冷め気味かなぁと思われるかもですが、彼らにとってはリュカもデボラも「ふれあった記憶一切無いけど血の繋がってる人」なわけなので、実際会ってもこんな感じなんじゃないかと思います。
 甘えられるようになるのにもちょっと時間かかったりして、じわじわと距離をつめていってればいいな。その辺も番外編書いてみたいです。
 あと、いつもDQ5をプレイする時、「お兄ちゃんだけが勇者」っていうどちらにとっても酷な設定に胸が痛んだりしてます。
 お兄ちゃんだけ必要とされてることもそうだけど、自分には勇者の素質がないって分かった時、「選ばれなかった側」のアンナは特に辛かったんだろうなぁ。
 この辺も書けたら書きたい。

 ピピンはホントに可愛い。この話の唯一の清涼剤と言っても過言じゃないです。
 最初はチョイ役の予定だったのですが、書いてる最中にえらい勢いでピピン株が急上昇したので結局レギュラー入りさせちゃいました。(笑)
 チャラチャラ(?)してるのにいざってときはバシッと決める、人の機敏によく気がつくよい子です。こういうギャップ萌えも私の大好物の一つです。「いざって時だけかっこいい」っていうのがポイントです。あくまで時々。
 リュカとの絡みを書いてく内に、兄弟みたいな上司と部下になってくれてよかったです。リュカは結構ピピンを可愛がっていたので、何だかんだ彼もがっつりリュカの支えになれてたんだと思います。きっとリュカにもピピンにも頼り頼られてるなんて自覚は無いのでしょうが。
 あと、原作でのピピンとデボラの絡みがすごく好きなので是非是非書いていきたい。女王と下僕2号なやり取りが家の子バージョンだとどうなるのか試してみたい。双子と彼の絆もがっつり補足したい。兵士になる前のピピンと双子とか、モンスター達との絡みも書きたい。

 もう書きたいこといっぱいです。短編→長編だと妄想が広がりやすくて楽しいですね!

主×デボ話

 単体だと一切台詞でてこないくせに、デボラが戻ってきた途端ポンポン台詞出てきやがるリュカ。
 なんなのもう、どんだけ好きなの。わかったよもう好きなだけイチャつけよちくしょう。

 喧嘩腰だったり揚げ足取りまくったりしてるのに、ちゃっかり手つないでたり見つめ合ってたり。
 言葉の裏がわかってないと、一歩間違えればホントに喧嘩になりそうなやり取りが、書いてて一番楽しかったです。9話の中盤のラッシュは特に!
 知らない人が見たら常時喧嘩中に見えるけど、わかってる人にしてみればイチャイチャしてるだけ、みたいな友達夫婦。仲間達はいい迷惑ですね(笑)
 上っ面は凄いサラッとしたドライな関係に見えても、根底には信頼とか愛情とかがしっかり根付いてるような仲をイメージしてましたが、上手く書けてるかどうか。

 なんとなく、いつだったかブログにかいた「病み腹黒×純情クール」が一番しっくりくる表現な気がしてきました。
 この二人はマイナス×マイナス=プラスのいい例なのかもしれない、と思う今日この頃。

まとめ

 とにもかくにも、時間かかりすぎてごめんなさいです。
 日ごろから書ける時と書けない時の差が激しいのはわかってましたが、まさかの1年10カ月の長期連載。なんじゃこりゃ。
 何度か本気でくじけそうになることもありましたが、なんとか書きあげられました。読んでくださってる皆さまのおかげです、本当にありがとうございます!

 ひねくれものと愉快な仲間達のDQ5、楽しんでいただけたでしょうか。
 とりあえず、私は書いててとっても楽しかったです。王道無視をここまで楽しめちゃうあたり、きっと私自身も相当ひねくれてるんだと思います。
 本編も番外編も、もうちょこっと続きます。よければお付き合いください。