一緒にお母さんを探しに行こうよ!
見つかると信じてやまない双子達の希望を胸に、国の政治はサンチョやオジロン殿に任せて、リュカ一行はデボラを探す旅を続けていた。イースは勇者としての持ち前の剣の腕と稲妻を操る術で戦闘で大活躍し、アンナは類稀なる魔術の才能を存分に発揮してくれている。親バカに聞こえるかもしれないが、実力があるのは事実だからしょうがない。しょうがないんだっつの。
ご家族だけでは無茶をされそうですから。
そう言ったサンチョは、御供としてピピンという騎士団員を一人付けることを約束させた。いつぞやの殺気が効いたのかサンチョは、もう何も言うまい、という顔をしていた。まぁ、親子共々妻のために暴走してるんだから、心配になるのも当然だわな。帰ったら給金をはずむことを約束すると、そんなものはどうだっていいから無事にお戻りください、とすごい剣幕で叱られてしまった。俺もう大人なのに。
まだ新米のペーペーだから、騎士団にいなくても差し支えないってことなんでしょうかねぇ。
少し悲しそうにうつむいていたピピンに、だったら騎士団長になれるレベルまで実戦訓練つけてやるよ、と言ってやると、途端に顔がほころんだ。明るくてお調子者で面食いで女好きのピピンは魔物達とも相性がいいらしく、年が近いためか双子にも随分懐かれている。聞けば双子が物心つく前から、結構な頻度で遊んでやってくれていたらしい。リュカの知らない時代を知っている彼がいれば、少しは子供達も安心するだろう。
旅の連れはリュカと魔物達に、双子とピピンを加えた大所帯となった。
にぎやかになっても、心の喪失感はまだ消えない。いや、消したくない、消してたまるか。みんなで取り戻すんだ。
必ず見つけるから。
デボラ。
「うぅ、寒い……」
通りすがる肌寒い風に、軽く身震いする。そういやこの頃は、まだ春を迎えに行く前だったな。使い込んだマントで自分の体を包み込みながら、リュカは懐かしい気持ちであたりを見回す。
旅の途中、何の因果か天空の城を復活させる手伝いをすることになったリュカ達は、天空の城を浮かび上がらせるのに必要なゴールドオーブという代物を探していた。
プサンとかいう胡散臭い天空人が見せてくれたオーブの記憶によると、幼いリュカがレヌール城で手に入れ、“あの日”にゲマに粉々に粉砕されたあの宝玉こそがゴールドオーブだったらしい。
ゴールドオーブを作ったと言われている妖精の女王に会いに行けば新しいものを作ってもらえるかと思いきや、そのオーブとやらは二度と同じものを作ることは出来ないらしい。しかし彼女曰く、オーブそのものを作ることは無理でも似たものを作ることは出来る、それを使って過去の自分が持っている本物のゴールドオーブとすり替えてくるのはどうだろう、との提案を頂いた。
そんなわけでリュカは今、在りし日のサンタローズの町並みをのんびり歩いている。
「この橋こんなに小さかったっけな……」
昔は立派で大きく見えていた木製のちんけな橋を渡り、あの頃は宝物に見えていたはずのガラクタを売り捌く武器屋の前を通り過ぎる。懐かしい顔ぶれに物珍しそうな目で挨拶をされて笑顔を返す。勿論、仮面などではなく自然と顔がほころんで出た笑顔だ。
最初に会った門番のおじさんに、やあ久しぶりだね、と声をかけたら不振がられ危うく追い出されそうになったので、出来るだけ流浪の旅人を装っていなければならない。思い出話に花を咲かせられないのは寂しいが、ここはぐっとこらえる。
懐かしの我が家を通り過ぎ、こんな田舎町にしては立派な教会へと向かう。確かあの時の俺は、神父様とシスターが噂していた若い男の話を聞いた後に“俺”に会ったはずだ。一体どういう仕組みで時間移動をしているのかは知らないが、とりあえずあの時の通りに事が運ぶように辻褄を合せるべきだろう。
かつて開けるのに苦労していた分厚い扉を軽く押しあける。相変わらず穏やかな神父様と、いつ見ても美人なシスターが退屈そうにこちらを振り向いた。
「……あら……」
「こんにちは」
「おやおや、久しぶりの御客人ですね。旅人さんですか?」
「ええ、宿をとる前にお祈りをと」
「よい心がけです。私もあなたの旅路の無事をお祈りいたしましょう」
「ありがとうございます」
神父様の問いかけに適当にごまかしながら祈りをささげていると、何やら熱烈な視線が向けられているのに気が付く。
チラ、とそちらを向くと、ぽうっと惚けていたシスターが慌ててうつむく。赤面しているのがなんとなく見て取れる。
……余談だが、器量が良くて見目麗しい彼女に夢中だったサンタローズの男どもは少なくない。かつてのリュカ少年も、彼女に淡い憧れを抱いていた哀れな男の一人である。
これは少し気分がいいな。リュカは祈りを終えると、シスターに向かって得意の仮面の笑顔を振りまいてみた。案の定頬を赤らめて嬉しそうにしている。なんとなく勝った気分である。何に勝ったのかはよくわからないが。
「随分と立派な教会ですね」
「そうでしょう? ふふ、伝統ある自慢の教会なんです!」
あんたいつだか“ほこり臭いから新しく建て替えたいわー”とか言ってただろうが、と思い出して苦笑いを返す。
「綺麗なステンドグラスでしょう? 結婚式なんかにうってつけなんですよ」
「そうなんですか、いや残念。もっと早く聞いていればこちらで式を挙げることも出来たんですがね。またの機会に家族を連れてきますよ」
「あらあら妻子持ち? なぁんだ、つまんないの」
掌を返してけろっとしているシスターに思わず吹き出す。さっきまでの清純派乙女はどこいったんだ。
「あはは、騙された? 生娘気取って初々しい態度で接してると、案外あっさり勘違いされんのよねぇ」
「あんたシスターだろうが」
「格式ある教会ならまだしも、こんな片田舎よ? 男どもを弄ぶくらいしか楽しみがないの、勘弁してよね」
「これ、やめなさいノーラ」
ノーラと呼ばれた悪女なシスターは悪びれる様子もない。神父様が呆れたように微笑んでいるのを見ると、どうやら日常茶飯事らしい。リュカにしてみれば初恋の思い出を完膚なきまでに粉砕された気分である。
「全く……いつまでも遊んでないで、焚火の彼に思いを打ち明けたらどうです?」
「なッ!?」
再び、今度は別の意味で赤面する彼女を背に、教会を後にする。なんで、とか、どうして、とか慌てふためく声がしたが、扉を閉めてしまえばもう聞こえない。
どうしても何も、未来から来たのだから結果がわかっているのは当然である。確か父とラインハットに向かう前に、二人が結婚するだとかの話をシスター本人に聞いた覚えがある。嬉々として語っていたので彼女の好意がありありと伝わってきて、かつてのリュカ少年の心は随分傷ついたものである。
先がわかってるってのは結構楽しいもんだな。してやったりな気分なリュカは、余裕をなくしたシスターの顔を思い出してクスクス笑う。まるで今まで誰にも伝えていなかったような慌てぶりだったな、下手したら自覚症状も無かったのかもしれん……
あれ。
とすると、もしかしてキューピッドは俺か?
「あ、旅人さんだ!」
「がうがう!」
明るい声に驚いて足元に目をやると、紫色のターバンを巻いた少年がベビーパンサーを引き連れて此方を向いていた。
「……悪い」
「へ?」
「ああ、いや。なんでもないんだ、気にしないで」
今しがた彼(というか俺)の初恋を打ち砕いてきたばかりなのでつい謝罪を口にしてしまったが、彼にしてみれば全く意味がわからないだろう。慌ててリュカは言葉を濁す。
「お兄さんのことでしょ、教会のお姉さんが言ってた人って」
「言ってた、って……彼女、何て言ってたの?」
「“久々にいい男が来たもんだわ”って。一体お姉さんに何したのさ?」
何かお姉さんの顔真っ赤だったし、とリュカ少年は御立腹である。そういえば当時は突然現れた謎のライバルにヤキモチを妬いていたような覚えがあるが、改めて聞いてみるとシスターが皮肉たっぷりに嫌味を言っているようにしか聞こえなくてリュカは失笑する。
ふと、リュカ少年が腰から下げている袋の中身がキラリと輝くのが見えた。その視線に気付いたのか、彼はそれを取り出して自慢げに見せてくれた。
「これ綺麗でしょ? あのね、ビアンカちゃんとお化け退治に行った時に幽霊さんから貰ったんだよ」
まあ正確には貰ったのではなく、その時偶然空から降ってきただけなのだが。
あの時“俺”から聞いた言葉は、なんとなく心の隅に引っ掛かっていた。無意識に大切な言葉として記憶していたのだろうか、一字一句間違えずにするりと口から流れていく。
「”不思議な宝玉を持っているんだね。ちょっと見せてもらえないかい?”」
「うんいいよ! あっ、でもちょっとだけだよ?」
何の衒いもない笑顔でリュカ少年は微笑む。リュカは差し出されたゴールドオーブをさりげなくポケットに入れ、すり替えた偽物をじっくり眺める振りをして、気付かれないようにリュカ少年に返してあげる。これで、ゴールドオーブはゲマなんかの手で破壊されることはない。きっと、あのとき壊されたのも、“俺”がすり替えた偽物のオーブなのだろう。こればっかりは作戦勝ちだな。ゲマの野郎、ざまぁみやがれ。
「“ありがとう、本当に綺麗な宝玉だね。”」
「でしょ、でしょ!」
大事な宝物なんだ、なんてキャッキャッと無邪気にはしゃいでいる彼は、これから立て続けに降り注ぐ絶望のことなど知りもしない。
あの時オーブをすり替えた“俺”も、きっとこんな気持ちだったんだろうな。
「……“坊や、お父さんを大切にね。”」
「うん、僕お父さん大好きだもん! ねーゲレゲレ」
「がう!」
ゲレゲレと呼ばれたベビーパンサーは、リュカ少年に抱きあげられてご満悦そうだ。リュカはしゃがみこんで彼の目を見つめ、呟くように語りかけた。ここから先は、俺の昔の記憶にはない。
「……なぁ」
「ん、なぁに?」
「……頼む、俺は……俺には、耐えられなかったよ……だから」
そこまで言って、リュカはハッとして言葉を止めた。
だから、だからどうしろっていうんだ。ひがむな、ひねくれるな、今の俺みたいに目を逸らして逃げ出したりせず、全てを受け入れた上で、まっすぐ育て。そんな残酷なことを、俺はこんなに小さな男の子に伝えるつもりなのか。
「どしたの? お兄さん大丈夫?」
心配そうにこちらを覗きこむ、黒曜石のようなまんまるな瞳。
まだこの瞳を曇らせるべきじゃない。本能が言葉をつづけさせなかった。
「……何でもない。“何があっても、負けちゃダメだよ?”」
「大丈夫! 負けたりしないよ」
そりゃあ頼もしい。まだ純粋な彼に優しく微笑みかえして頭を撫でてやってから、背中を軽く押す。
「さ、もう行きな。ベラが待ってる」
どうか次の自分は、未来に負けない強い子でありますように。すれ違いざまにそう願う。
「……お兄さん、何者?」
後ろから問いかける彼の声は、天真爛漫なものから一転してひきつっているようにも聞こえる。
「そのうちわかるよ」
振り向かないままひらひらと手を振って、リュカはかつて日々を過ごした我が家へと足を進めた。